こんにちは。私は相続を生業としている弁護士や税理士等の専門家で組織された協会、相続終活専門士協会の代表理事を務める江幡吉昭と申します。本連載では、我々が幾多の相続案件の中で経験した事例を何回かに渡ってご紹介したいと思っています。

 伝えたいことはただ一つ。どんな仲が良い「家族」でも相続争いに巻き込まれると「争族(あらそうぞく)」になってしまうということです。そこに財産の多寡は関係なく、揉めるものは揉めるのです。そうならないために何が必要なのでしょうか?具体的な事例を基に、考えてみたいと思います。

 今回は、自分で書いた遺言に驚いた母親のケースです。全財産すべてを長男に相続させると自ら決めていた母親を心変わりさせた要因はなんだったのでしょうか、詳しく見ていきましょう。

「長子が跡継ぎ」という昔ながらの考えに基づき、全財産をすべて長男に譲ると宣言していた母親。その内容を自ら遺言に書いていたが、ある事件をきっかけに母親は豹変した。原因は認知症なのか?それとも怨念なのか!

●登場人物(年齢は相続発生時、被相続人とは亡くなった人)

 被相続人 母(89歳、都内在住)
 相続人 長女(66歳、都内在住)
 相続人 長男(63歳、都内在住)
 相続人 次男(62歳、都内在住)
 相続人 次女(60歳、都内在住)

●遺産 現預金5000万円、自宅8000万円、生命保険多数

 今回の相続人である母親は、亡き夫が30年以上経営してきた会社を夫の死後に引き継ぎ、10年近く切り盛りしていました。空調設備の会社で、規模もそれなりに大きく、100名近い従業員がいます。

 そんな母も長男が経営者として成長したということで、70代で会社を長男に譲り、一線を退きます。母が保有していた自社株もすべて会社に金庫株という形で譲り(会社にとっては自社株買いということになります)、経営からはきっぱり退きました。

 あっさりと退いたのには理由がありました。

 夫が死亡した後、夫の兄や妹との間で会社の主導権争いが長く続き、他の兄妹が別会社を作る形で決着した経緯があったのです。そうです、この母親は「争う族」を経験していたのです。

 そこで母は同じような争いは2度と起こしたくないと考え、自らはすっぱりと退職し、さらに自分で時間を見つけて自筆証書遺言を書きました。自筆証書遺言には「自宅も、現預金もすべて長男に譲る」という内容で書きました。中途半端に財産を分割することなく、会社を継いだ長男にすべてを譲りたいと思ったのです。

 その代わり、他の子どもたち(長女、次男、次女)には家を建てるお金を贈与したり、生命保険も多数契約したりしたので、問題は起きないだろうと考えたのです。