今年もまた、神戸製鋼所や日産自動車など、多くの大企業で不祥事が発生してしまいました。山口さんはこの状況について、どのように考えておられますか。
山口利昭弁護士(以下、山口):我々国民からしてみれば、日産や神戸製鋼といった企業は、日本を代表する基幹企業ですよね。そうした大企業が、製品の根本である品質に関わる不正を犯していた。これは例えばルールを知らなかったとか整備してなかったとかいうことではなく、きちんとルールがあるにも関わらず、あえて無効化するということです。それが社会的批判を浴びたということだと思います。
深刻なのは、いずれも不正が長年にわたって企業の中で放置されていたということ。これは組織の構造的な欠陥であり、重大な問題です。ただ、こうした不正、不祥事については、私はどこの会社で起きても不思議ではないと考えています。
私はこれまで多くの不正調査に関わりました。実際に色々なメーカーの工場に視察に行くこともあります。その度に思うのですが、メーカーの工場で働いている方々にとって、工場長という存在は社長よりも近い位置にいて、かつ絶対的な立場なんですね。それは組織の効率的な運用を実現する一方、工場の中での「常識」が、社会やことによると企業自体の常識ともずれてしまうケースがある。神戸製鋼や日産の事例では、こうした実態が背景にあったのではないかと思います。
やまぐち・としあき 大阪大学法学部卒業。1990年、弁護士登録。95年、山口利昭法律事務所を開業。大手企業の社外取締役などを務める一方、消費者庁の公益通報者保護制度検討委員会の委員としても活動。
ルールがあることはしっかり理解していながら、それを破ることがどこまで悪いことなのかということに対する認識が、欠如していたということでしょうか。
山口:そうですね。品質保証書があっても、安全性については問題ないだろうから、多少操作するぐらいのことは大丈夫だろう。それよりも、きちんと納期を守って、歩留まりを良くする。会社にとって無駄なことをやらない。例えば神戸製鋼は業界でも非常に製品の品質が良く、それが信頼性の高さを支えていた。仮に取引先への納期を守ることを優先し、品質管理を後回しにしていたとすれば、結果的にはその信頼を裏切ることになってしまったわけです。その意味では、製品の品質の大前提として、まず企業の資質そのものが問われているということだと思います。
「部分最適化」の行き過ぎが不正を生む
不正が生まれる構造的な欠陥とは、どのようなものがあるのでしょうか。
山口:色々あると思いますが、例えば「部分最適化」の行き過ぎといったことは指摘できると思います。メーカーがIT(情報技術)を積極的に導入して生産効率を高めるなかで、工場の部署ごとには優秀な人たちが一生懸命いい製品を作るけれど、人間が全体の流れを自分の目でチェックして把握するという役割がなくなってきているのではないでしょうか。
AI(人工知能)が普及して、人間が全体の工程を見ることはさらに減っていくでしょう。これは、品質管理だけでなく、経営陣と現場社員、本社と工場という関係性についても、距離感をどのように埋めていくのかという観点で課題になると考えています。コミュニケーションの不在は、企業の不正においては大きな要因です。
コーポレート・ガバナンスの観点では、社外取締役の導入も進められています。しっかりした外部の視点を取り入れることが重要だとされていますが、この点についてはいかがですか。
山口:基本的には、内部の人間だけで完全に不正の芽を摘み取ることは非常に難しい。社長は公表したがらなかったけど、外部の人間が直言したことで最終的に公表に至った事例はいくつも知っていますし、社外の目は間違いなく必要です。
私が企業の経営者の方々に強く訴えたいのは、「残念ながら、御社でも不祥事は起きる」ということです。どれだけ平穏無事に事業をしてきた企業でも、いつか不祥事は起きる可能性がある。どのような不祥事が起きる可能性があるのか、また、実際に起きた時にどれだけ早くアラートが経営陣に伝わるのか。それをしっかりと考え、準備しておくことが必要です。
組織というのは、いくら真面目な人が集まっていても、悪いと知りつつ不正が起きてしまうもの。さらにいえば、不祥事というのは1つの会社だけで完結するのではなく、取引先、最終消費者など様々なステークホルダー(利害関係者)に関わってくる。そのことを、経営者の方々は胸に刻んでほしいですね。
山口さんは内部通報制度の専門家でもいらっしゃいますが、制度の整備による変化は起きているのでしょうか。
山口:消費者庁から出されている民間事業者向けのガイドラインもあり、内部通報制度を活用する企業は確かに増えています。私自身も内部通報者の支援に取り組んでいますが、昔に比べて、内部通報が社員や従業員の方々にとって、身近なものになっています。また、単に制度が認知されてきたということだけでなく、内部通報そのものの性質も変わっています。
「共同通報」で監督官庁に告発
それは、どういうことなのですか。
山口:皆さん、内部通報というと、企業の大きな問題を知った責任感や精神力の強い社員が、たとえ孤立したり不利益を受けたりしても、自分の信念を曲げずに告発して戦うというイメージがないでしょうか?
ドラマなどでは、よく見られる光景ですよね。
山口:そうですよね(笑)。ただ実際には、今は社員がある程度の集団になって、みんなで「共同通報」に踏み切るというケースが増えています。問題自体は皆で共有しているし、悪いことだと分かっている。通報制度があることも知っている。だから、監督官庁に問題を告発する場合などにも、代表者の名前は一人でも、その後ろに社内の支援者が何人もいるという事例は多いんです。これは、制度自体の認知というだけでなく、活用の仕方が変わってきているということです。
もう一つ特徴的なのは、現場の社員ではなく、幹部クラスの人が内部通報を行うケースです。これは自分の立場を考えて守るという意識もあるでしょうが、やはり現場が起こした問題を隠すのではなく、きちんと報告することが重要であるという認識が強いということも考えられます。全てが正義感からというわけではないにしても、内部通報がリポートラインの一つとして、機能するようになっているということだと思います。
内部通報に関して、特に寄せられることが多い内容にはどのようなものがるあるのでしょう。
山口:やっぱり今は、「ハラスメント」に関するものが非常に多いですね。パワハラ、マタニティーハラスメントなどが顕著です。私自身も話を聞いていて、判定には迷うことも多いですし、違和感を感じる内容がないではありません。ただ、働き方改革が大きな社会的テーマになる中で、コンプライアンスのことを考えるにあたって避けては通れない問題です。
実際の現場においては、関連の制度を取り入れている企業も多く、当然のようにその制度を利用するべきではあります。ただ、管理職のみなさんは頭では分かっていても、腹落ちしているかというと別問題。自分がチームのリーダーで、奥さんと共働きの男性社員から、妻と半分ずつ育児休業を取りますと言われた時に、「君は将来があるんだから、考えたほうがいい」とか言ってしまうわけです。
それは、労働法の専門の弁護士からすればアウトなわけですが、現場の人たちにとっては違和感は拭えない。それでも、その違和感をどのように受け入れて解消していくかということが、これから重要になっていくと思います。
まさに、新しい社会的テーマに、どのように向き合うのかということですね。その意味では、LGBT(性的少数者)に対する差別など、法律的な観点だけではなく、企業が考えなければならないテーマが出てきています。大手の弁護士事務所の役割も変わってきているという話もありますが。
「法令遵守=コンプライアンス」ではない
山口:おっしゃる通りです。どのような行動を起こせば、社会からどのように見られるかということを、企業はもっと真剣に考えなくてはならない。社内の常識と社外の常識には、ずれがあることをきちんと認識するべきです。メーカーであれば、安全性には問題がない、法令にも違反していない、だから大丈夫だということではないんですね。
その意味で、「法令遵守=コンプライアンス」という時代であれば、我々弁護士の仕事はとても分かりやすかったんですね。これは法令違反じゃないという理屈をつけることで、企業を助けることはできた。もちろんこれも立派な役割ですし、法令違反かそうでないかが重要なことは今でも変わりません。
しかし、たとえ法令に違反していなくても、社会的な見地から見て問題がある行動を企業が起こし続ければ、そのダメージがどれだけ大きくなるかという認識は、これからもさらに大切になっていくでしょう。LGBTなどはまさにその代表的なテーマだと思います。何をもって企業のコンプライアンスなのかということは、しっかり考えていく必要があります。
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