高齢者も年金制度を支える立場に

 しかし、そうは言っても、本気で仕事に取り組んでいれば、いつも心配事に付きまとわれていなければならないのも事実だ。だから、「楽しいから」とか「興味に突き動かされて」とかいうだけではなく、何か「使命感」の様なものがなければ、やはりそんなに長く続けてはいられないだろう。現実に、私には、この「使命感」ともいうべきものが二つある。

 先ずは、日本の高齢者としての「使命感」だ。

 今の日本の産業界には、かつての様ながむしゃらな拡大意欲があまり見られない。大企業の幹部には「リスクを回避しつつ、着実に内部での評価を上げていきたい」という志向が見え見えだ。しかし、いつまでもこんなことをしていたら、世界市場での競争力が徐々に衰えていくのは明らかだ。

 そして、その一方で、高齢化社会に突入した日本の社会保障体制は、現状では目一杯拡大した国の借金に過度に依存しており、このままでは、「自分たちの孫たちの時代には、大きな財政破綻に見舞われるのではないか」という危惧も禁じ得ない。

 この様な「万一の事態」を防ぐためには、高齢者である自分たち自身がもっと働くべきだと、私は常日頃から思っている。高齢者といえども、働ける限りは働き、できるだけ長い間にわたって、「年金を食い潰す側」ではなく、「年金制度を支える社会保険料を支払う側」に留まるべきだということだ。

 そして、さらに言うなら、もはや「守るべき地位」を持たない高齢者たちは、そのための保身に窮々とするのではなく、自ら一兵卒として難しい前線に立って、次世代の指導者たちに範を垂れるべきなのではないかとも、私は考えている。