「やるべきこと」と「それをやる人」、仕事の要素は2つのみ

 それにしても、普通なら「悠々自適」とうそぶいていればよい歳なのに、何故いつまでも気ぜわしく働き続けるのかと聞かれれば、「結局は仕事が好きだからなんでしょうね」と言うしかない。しかし、これは、たまたま自分がやってきた仕事が情報通信の分野だったからでもあるだろう。

 この分野は、技術革新が極めて激しいので、新しい技術の話を聞けば、それがどういうものか知りたくなるし、知れば知ったで、その使い方を考えないではいられなくなる。「こんなサービスがあればなあ」と思えば、「待てよ、あの技術とあの技術を組み合わせれば、意外に簡単に実現できるかも」などと、つい思ってしまう。つまり、常に「興味」と「好奇心」が刺激されるという、格別に恵まれた立場にあるという事だ。

 私は以前から「仕事には二つの要素しかない」と考えている。一つは「やるべきこと」であり、もう一つは「それをやる人」だ。

 「会社」とか、「組織」とか、「予算」とか、「見返り」とかいうものは、すべてこの2つの「基本要素」の周りの付随物に過ぎない。だから、全ての出発点は、「自分という人間」が、何かを「したい」とか、「しなくてはならない」とか思うことだ。逆に言えば、そういうものがある限りは、仕事はやめられない。

 もちろん、「何も自分がやらなくても誰かがやってくれるだろう」と思うことはある。「自分が出しゃばれば、若い人たちの仕事を奪うことになりはしないか」という危惧もないとは言えない。

 しかし、本当に仕事の修羅場をくぐり抜けてきた人なら、「世の中はそんな綺麗事で済むようにはできていない」と知っているだろう。仕事の成否を決めるのは、一にも二にも「決断と行動のタイミング」だ。人に任せていて着手が一歩遅れれば、機会が永久に失われることもしばしばある。だから、「ここは自分がやるしかない」と思う時は、やはり自分でやるのが正しいのだと思う。