大企業で活躍しながらも、定年退職後はひっそりとしてしまうビジネスパーソンが多い中で、伊藤忠商事、クアルコム、ソフトバンクで情報通信事業に携わった松本徹三氏は、77歳になった今もなお通信事業に関するコンサルティングなどを手掛け、現役時代と変わらぬ忙しさで世界中を飛び回っている。本コラムの最終回では、新商品の開発にはユーザーニーズと新技術の相互理解が大切であることを踏まえ、文系出身でも「遅咲きのITオタク」に変貌するための心の持ち方をお伝えする。
前回の記事では海外に出ていくことの重要性について語ったが、今回は技術に興味を持つことの重要性について語りたい。
技術について初歩から率直に聞ける文系の強みを生かして、「遅咲きのITオタク」を目指そう。
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人類の歴史は技術革新の歴史
古来、人間の歴史を形作ってきたものは、「軍事力」と「経済力」の組み合わせだ。そして、いくつかの「技術革新」が、その優劣に時折大きな変化をもたらしてきた。
古くは、鉄製の武器やチャリオット(馬で引く戦車)をいち早く開発したメソポタミアのヒッタイトが、エジプトまで勢力を伸ばした。その後の長きにわたっては、騎射に優れたモンゴル系、トルコ系の騎馬軍団が世界をじゅうりんした。しかし、鉄砲が開発されてからは、その改良がそのまま軍事力の優劣に結びつくことになった。
その後、軍事技術の開発競争はとどまるところを知らず、軍艦、大砲、機関銃、爆撃機、潜水艦、ロケット砲と、次々に破壊力を拡大させた。
そして、今や世界の各主要国は、「核兵器」「生物・化学兵器」「サイバー戦による敵国の経済の破壊」「人工衛星を相互に破壊し合う宇宙戦」「AIとロボットの導入」と、もはや手に負えないほどの軍事的課題に取り囲まれている。
一方、経済的には、まずは灌漑(かんがい)設備や農耕に不可欠な「鉄製品の開発」が、世界中に大規模な農業社会と、それによる人口爆発をもたらし、その結果として国家が生まれた。
この流れは、西では豊かな農業を持つエジプトを抑えたローマ帝国を、東では中国とインドの歴代の大帝国を作り出した。しかし、1700年代になって、経済的にまだ微弱だった英国に産業革命が起こると、これが世界経済のあり方を一変させた。一言で言えば、アジアの大帝国は没落し、欧米諸国が圧倒的な優位性を持つことになったのだ。
しかし、今や、アジア諸国が生産性の向上によって急速に力をつける一方で、産業構造に目を転ずると自動車や家電製品などの普及に代表される消費社会は、世界規模で爛熟(らんじゅく)期を迎えつつある。先進地域を中心に、人々の精神的欲求は物質的欲求をしのぎつつあり、世界の産業構造の主流は工業から情報サービスへと軸足を移しつつある。
インターネットは国境の壁を無力化し、グローバリゼーションはとどまるところを知らない。しかも、その先には、人間が多くの面でAI(人工知能)に依存せざるを得なくなる「Singularity」(特異点、大きな変化)の世界が待ち受けている。コンピューターが、人間社会のあり方に、かつての産業革命以上のインパクトをもたらしつつあることには、もはや疑いの余地もない。
技術と営業は「車の両輪」でなければならない
そもそも、新しいビジネスチャンスというものは、未だ満たされていない人間の欲求を満たす新しい技術(経営技術を含む)の開発によってのみ生まれる。従って、それを見出し、実現していくためには、「人間や社会の潜在ニーズ」と「その実現を可能にする技術のシーズ」を、同時に理解することが不可欠だ。
しかるに、日本の産業(企業)社会はこれまで、この必要性に反する組織構造を作り上げ、それに固執してきた。多くの大企業のトップは「管理(業務)系」と「技術系」に二分され、その両者間には相互不可侵条約が結ばれているかの様であった。管理系の社長は技術系の副社長の決定に異を唱える勇気は持ち合わせないので、結局本来の意味でのCEOにはなり得ないということだ。
社員は何故か「文系」と「理系」に大別され、「文系」の主流は「総務」「財務」「労務」といった職種で占められた。ここでいう「総務」の重要な役割は、主として政官界との折衝である。マーケティング(営業部門)は、長きにわたって「一段下のもの」の様に扱われ、社内で大きな発言力は持てなかった。
一方「理系」の社員は、過去において何らかの実績を上げた大ボスの下で、その人の眼鏡にかなった人達が抜擢され、彼らが徒党を組み、一つのムラを形成するがごとき傾向を持った。製品を最終的に購入するユーザーと接する販売部門(商)は、技術・製造部門(工)の下に位置付けられ、このために「良いものは売れるはず。売れないのは売り方が下手だからだ」という様な、独善的な考えがまかり通るようになった。
こんなことをしていたら、世界市場で徐々に競争力を失っていくのは火を見るより明らかだ。「文系」と「理系」の壁は取り払われ、「文系」の社員は技術を学び、「理系」の社員は「ユーザーの潜在ニーズ」を常に探求していかなければならない。そうしなければ、誰の頭の中でも「ユーザーのニーズ」と「技術のシーズ」はスパークせず、成功する新商品や新サービスは永久に生み出せない。
仕事を続けたいならIT技術の理解は不可欠
冒頭では、これまでの人間の歴史の全てが、技術革新がもたらした「軍事面」と「産業・経済面」でのパラダイムシフトによって変遷してきたという事実を説明した。そして、今後のパラダイムシフトは、AIも視野に入れたIT技術の革新によってもたらされるだろうと示唆した。
私が懸念するのは、日本人は一般的に、「IT技術を使いこなす」という点で他の多くの外国人より遅れているように見受けられること。そして、その傾向は高齢者において特に顕著だということだ。
私の見るところ、この二つの懸念には相関関係があるように思える。日本は他国に比べて老人支配が顕著である一方、老人は自分が使いこなせない IT技術に何となく敵対心と嫌悪感を持っているかのようだからだ。現在でも一部の会社では、当然行われるべきITシステムの導入が「社長がいい顔をしない」という理由だけのためにストップされているという話をよく聞く。
労働組合は基本的に「反合理化」だから、ITシステムの導入にはしばしば反対する。これが大問題を引き起こした典型例は、厚生労働省の年金システムの破綻だ。一方、中国やロシアといった社会主義国では、「軍がITシステムを必要とする」という差し迫ったニーズがあるので、こういう問題はあまり起こっていない。
IT技術は自らの生産性を上げるために不可欠であるのみならず、新サービスを生み出すためにも不可欠だ。だから、「IT音痴」には、もはや長く仕事を続けられるチャンスはない。「文系」社員としてこれまで営々と仕事をしてきた方々は、今からでも遅くはないから、是非とも「遅咲きのITオタク」に変貌してほしい。
「文系」は技術に強くなれるか?
「文系出身であっても、今から技術に強くなれるのか?」。答えはイエス。というか、そもそもこの質問自体が意味を成さない。
何故なら「文系」とは何かが一向にはっきりしないからだ。「文系」と「理系」という分類の仕方自体が間違っている。経済学はほとんど数学だが、経済学部の卒業生は何故か文系と見なされている。心理学は文系なのか理系なのか分からない。ソフトウェア技術者は、文系出身だろうと理系出身だろうと関係ない。
「緻密な構想力」や「演繹的な推論能力」は、文系、理系の区別には全く関係なく、どんな仕事にも求められるものである。強いて文系と理系の違いを見つけようとするなら、「文系は概して長期にわたる観察や実験を苦手とする」ということが言えるかもしれない。私自身がそうなので、そのことは強く感じている。
京都大学の法学部を卒業して伊藤忠の大阪本社に入社した当時の私の上司は、尾島さんという人(故人)だった。この人は高等小学校卒ながら、自分の頭で考えて行動する人で、私はこの人から織物工場の必要設備を見積る能力を伝授された。このくらいの量のポリエステルの織物を生産するためには、このような機械と部品が必要で、その見積り金額はいくらと割り出す能力だ。
尾島さんはその後、東京の通信システム部の次長に転出したが、さすがに「周波数」とか「伝送ロス」とか「干渉」とかいう訳の分からない専門用語に圧倒されて、「この分野の仕事をこなすには、通信技術を専攻した学生を採用するしかない」と思ったらしい。たまたま家のあった阪急電車の石橋駅前のパチンコ屋で、いつも隣で打っていたのが大阪大学の電気通信工学の先生だったのを思い出し、尾島さんはその人に頼み込んで、毎年学生を一人ずつ回してもらうことになった。
だから、私がずっと後になってこの部に所属することになった時には、電気通信を専攻した若い人達が周りにたくさんいた。しかし、彼らとてすべての分野に精通している訳ではないので、肝心なことはメーカーの技術者にいちいち教えてもらう必要がある。
この場合、文系出身だと「私は全くの素人なので、見当外れな質問だったらお許し頂きたいのですが」と断って、何でも率直に聞ける。そうすると、「その通りです」とか「少し違うんですよね。正確に言うとこういう意味」とかいう答えがもらえる。しかし理系出身だと「え、あなたはそんなことも知らないの?」と言われるのが怖くて、なかなか質問ができない。
そういう事情で、私の体験では、結局のところ「文系だが技術が好きな人」のほうが、本質的な技術上の課題については、理解に達するのが早かったように思う。
もともと全く興味のない人の場合は仕方がないが、少しでも技術に興味がある人は、文系であることに引け目を感じる必要は全くない。むしろそれを逆手にとって、専門家を捕まえては聞きまくり、さらには自分の頭でよく考えて本質を抽出し、「技術に強い」と誰からも認められる人になってほしい。
そうすれば、自分の頭の中で、常に「人々の潜在ニーズ」と「先進的な技術のシーズ」がスパークするようになり、多くの有益な新商品やサービスを作り出していくことができるだろう。
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