日経ビジネス12月5日号では、特集「
おのれ!間接部門」を掲載した。「間接部門が仕事の“邪魔”をする」。そんな不満を持つ直接部門の社員が増えているからだ。実情に合わないルールを導入する一方で、形骸化した古い仕組みは固守しようとする。特集内では、間接部門と直接部門の対立を取りあげ、解決策を模索した。なぜ間接部門は直接部門の仕事の“邪魔”をするのか。問題を掘り下げたところ、ある専門家が意外な理由を挙げた。「原因は、承認不足にあるのかもしれません」。組織論に詳しい同志社大学政策学部の太田肇教授に話を聞いた。
太田先生は組織論に詳しく、様々な企業の内情を知る機会も多いはずです。最近、直接部門と間接部門の対立が深まっているという話を聞きます。
太田教授(以下、太田):その問題は、講演に訪れた先など、いろいろなところで耳にします。ただ、もともとライン(直接部門)とスタッフ(間接部門)は、組織論の研究でも昔から仲が悪いことが前提です。対立は今に始まったことではない。両者は昔から、考え方も価値観も評価基準も異なりますから。
簡単に言えば、直接部門には晴れの舞台があるわけです。一方で間接部門には晴れの舞台があまりない。スポーツだって、選手は活躍できますが、マネジャーは縁の下の力持ちに徹します。ですからどうしても間接部門は「認められていないのでは」という不安や不満を抱えやすいのです。
直接部門と間接部門では、承認欲求の満たされ方も異なります。直接部門の場合は、仕事でどれだけ業績を上げたのか、「賞賛」という形で承認欲求が満たされることが多いのではないでしょうか。営業部なら売り上げを伸ばしたり、開発部なら新しい何かを生み出したり。
一方で間接部門の場合は、「感謝されること」で承認欲求を満たすケースが多い。もちろん、それだけで十分というわけではないのですが。
互いにそれぞれの承認欲求を満たせばいいと思うのですが、実際には対立し、その溝が深まっているように見える。なぜでしょう。
太田:確かに直接部門と間接部門の溝は深くなってきていますね。背景には2つの事情があります。1つ目は、多くの企業に成果主義が導入されたことにあります。直接部門は仕事の成果を「売り上げ」などというポジティブな形で示すことができます。一方で、間接部門は「コストを減らす」という形で成果を出そうとする。向いている方向が一致しないので、どうしても対立は激しくなります。
多くの企業が厳しい環境にあって、中には業績不振を受けて人員やコストの削減を迫られるケースもある。そんな時、どうしても先にカットされるのは間接部門です。うがった見方かもしれませんが、間接部門の人々の中には、「自分たちがカットされるのだから、直接部門も」という一種の妬みのような気持ちもあるのかもしれません。それが、例えば何かの、直接部門から見れば理不尽なルールとなって通達されたりするようです。
2つ目の理由は、コンプライアンスが一層厳しくなってきていることです。何かあれば責任を問われるのは間接部門です。だからこそ、これまでよりもさらに手続き重視にこだわるのです。これが直接部門から見るとどうしても煩わしく感じてしまう。よって、対立の溝が深まるという構図です。
「減点評価」で苦しむ間接部門
太田先生の著書「承認欲求―『認められたい』をどう活かすか?」では、会社への忠誠心に名を借りて、言わば「会社のため」という大義名分のもとで、足を引っ張るようなケースも書かれています。
太田:直接部門の場合、通常は加点評価ですよね。けれど、間接部門はほどんとの仕事が減点評価となります。ミスを犯さないとか、手続きを守らせることが最優先になります。
例えば、人事部門の採用について。優秀で個性のある人材が必要であることは、皆さん理解しています。けれども、そう見込んで外れることもあるし、そもそも芽が出るのは数年後ということもあります。癖のある人材を採用して、「人事部は何でこんな人を採用したんだ」と減点評価されるよりも、普通の人を採用しようと考えてしまう。
間接部門が保守的で、手続きが細かいというのは、皆さん、自分たちがそういう風に評価されているからなんです。先ほどの人事の話であれば、採用担当者が減点方式で評価されてしまうし、総務部門だってミスをすると責任を問われる。一方で加点の機会は極めて少ないので、まずはミスを出さないようにと保守的になる。
これは日本企業全体の抱える問題なのですが、中でも特に間接部門はその傾向が強いのだと思います。
もちろん、間接部門の皆さんも「これではいけない。もっとチャレンジさせる会社にしないと。みんなに、のびのびと仕事させないといけない」と理屈では分かっています。けれど、評価基準が減点方式だから、分かっているけれど、どうしてもそれができないようです。
彼ら自身が、自分たちが窮屈だとか手続き主義だということを自覚している、と。
太田:それは分かっていますよ。分かっているけれど、特に最近はコンプライアンスが厳しくなっていたりする。だから何かあれば責任を問われないようにと一層厳しくするわけです。人によっては自分たちの存在感を見せつけたいという気持ちもあるのかもしれませんが。
間接部門の人々が変わる方法はあるのでしょうか。
太田:いくつかの方法があると思います。例えば、誉めたり認めたりすることは、最も簡単な方法と言えるでしょう。些細なことですが、効果は高いですね。
そもそも日本の会社は誉めない文化が根付いています。直接誰かを誉める、ということがあまりないんですね。ですからそれを改善するために、感謝のメールを送ったり、カードを送ったりする会社も出てきています。
面白いのは、京都のある中小企業の取り組みです。ある機械メーカーなのですが、その会社は全国各地に営業拠点があり、それぞれの営業拠点に業績達成目標がある。そこで、全国の拠点がどれだけ目標を達成したかによって、間接部門にも賞金が出る仕組みを導入しました。
間接部門の本来の業務は、直接部門が結果を出しやすくサポートする業務です。それを分かりやすく伝えるために、各地の拠点が結果を出すと、間接部門にも賞金が出る。頑張ってサポートすれば、それが自分たちの利益になることを、最も分かりやすく伝えたわけです。その結果、間接部門は賢明に直接部門を支援するようになったそうです。
通常、間接部門は「稼ぐ」仕事に対して、どうしても他人事になりがちです。その意識を変えるために、「賞金」というインセンティブを取り入れて意識を変えた。面白い取り組みだと思います。
人間はインセンティブによってどのようにでも変わることができます。もちろんお金だけではありませんが、長く組織論を研究してきて、会社で起きるほとんどの現象は、いろいろなインセンティブによって説明できると私は考えています。
間接部門と直接部門の対立は、大企業や成熟産業などで特に深刻だという印象があります。
太田:その通りだと思います。そもそも、成長していない業種では成果がはっきりと見えづらい。役所などは最たる例でしょう。成果がはっきりと見えないので減点評価に陥ってしまう。極端に言うと、仕事をしなくても手続きを守っていればいいという手続き重視に陥りやすいのです。伝統的な企業は規模が大きいし、その傾向は強まります。加えて、急成長しているわけではない企業の場合、大きな利益を上げるよりも、コストを減らすことに関心が集まります。その結果、直接部門と間接部門の間の溝は深まってしまうのです。
間接部門の顧客は直接部門
先ほど例に上げた京都の機械メーカーのように、間接部門にも業績にコミットさせるというのは1つの解決策だと感じます。ほかにどんな方法があるのでしょうか。
太田:間接部門の業務を「見える化」するのも1つの手でしょう。例えばある会社では、社内のイントラネットを上手く活用しています。総務部の社員が福利厚生の社宅で、現在どこか空いているのかをひと目で見られるシステムを開発したとします。これを利用した社員らが便利だと感じると、「いいね」のボタンを押せるようになっている。「いいね」の数が増えるという形で、その総務部社員の仕事が「見える化」されているわけです。
直接部門の場合、顧客は取引先や市場でしょう。けれど間接部門の顧客は直接部門を含めた社内の人々です。顧客に喜んでもらい、評価をもらうこと。それを「見える化」することで、間接部門のモチベーションを上げようとする取り組みです。
ほかにも、チェーンメールのような形で、誉められた人が別の人を誉めるようなメールを送る会社もあります。自分が誉められたら、別の人を誉める。私自身、誉め方の採点をしたことがありますが、「誉める」ことはやはり、強いモチベーションの向上につながります。
確かに直接部門の社員の中には、「俺らが(間接部門を)食わせてやっている」など、上から目線の人もいます。間接部門の人々は「君たちは稼いでいないんだから」という直接部門からのマイナスの承認にさらされている。問題は直接部門側にもあるように感じます。
太田:だからこそ、やはり間接部門がどれだけサポートしたかを認める仕組みが必要なのだと思います。例えば、表彰も仕組みの1つでしょう。ある会社では、業績貢献などで表彰してもらった直接部門の社員が、一番世話になった間接部門の社員を指名して、間接部門の社員も表彰される仕組みを取り入れています。「ベストサポート賞」のような形で、間接部門に対する感謝を形にする。縁の下の力持ちを評価するようにすれば、間接部門の社員たちの承認欲求も満たされますし、直接部門の社員の意識も変えられます。
表彰といっても、直接部門は業績などではっきりと結果が分かります。けれど、間接部門は仕事の成果が見えづらい。ですから、賞状などにはその成果を具体的に細かく記述することもポイントです。
「毎日、書類のチェックを怠らずにミスを防ぐのに貢献した」とか、「総務部の工夫によって働きやすい環境が整って、営業部門から感謝されている」とか。文章にして書いていくと間接部門の人々の努力も日の目を見ますし、間接部門の人々は、書いてもらうことで自分の仕事を改めて実感できる。
ほかにも毎月1度くらい研究会を開き、間接部門の人々に、1人ずつ順番に、自分が普段心がけていることや努力していることを発表してもらうのも手でしょう。ほかの人は発表を聞いて、質問したりするなどのフィードバックを行う。これも実際に取り組んでいるところでは効果があったそうです。
フィードバックが間接部門を育てる
発表する場を設けることに意味がある、と。
太田:繰り返しますが、間接部門の人々は自分が主役になる機会が少ないわけです。けれども研究会では、自分が中心になって発表し、みんなが話を聞いてくれる。こういう経験は大きなモチベーション向上につながります。要するに、いろいろな形で間接部門に光を当てること。それが何よりも重要なのです。
もちろん中には、直接部門を目の敵にするような間接部門の社員もいます。けれど、この研究会はそういった人たちにも効果があるはずです。きっとそういう人が研究会で発表すれば、「あなたが言うことは分かるけれど、もう少しルールを緩くできないのか」「こんな方法があるのではないか」という提案も出るはずです。そこに意味があるのです。
人間というものは、注目をされないから何かをしようとするわけです。注目して評価されれば、ネガティブな気持ちもなくなります。ですからまずは注目することが大事なんです。
やたらややこしい手続きを設けたり、書類を何度も突き返したりする人は、「関所」を作ることで自分の存在を認めさせたいと思っている。乱暴に言えば、愛情不足でいたずらをして目立ちたい子供と一緒なのです。感謝をして、その人の存在や仕事を認めれば、そんな気持ちもなくなるはずです。認めたうえで、「こういう風に改善してもらえるともっと助かるんですが」とお願いすればいいでしょう。
承認することからしか良い組織は生まれない。
太田:人間関係の摩擦の大半は、承認不足から起こっています。承認すれば、大半の問題は解決します。ひと言で言えば「承認」ですが、尊敬や感謝など、承認の方法は多様にありますからね。
企業の場合、経営者やマネジメント層がまずは考え方を改めるべきなのでしょうか。
太田:経営者は間接部門の大切さや、その仕事の重要性を理解しているはずです。それでも、間接部門とは、先ほど述べたような仕事の特性上、どうしても評価は減点方式に陥りがちです。これはもう、仕組みを変えるしかありません。
例えば人事考課でも、間接部門の場合は通常、相対評価で減点方式でもある。多くの企業がS、A、B…などと評価をしていきますよね。例えばこのSの上限を取り払ってみる。人事部であれば、ずば抜けた優秀な人材を採用すれば、20点でも30点でも加点されるようにするとか、加点の要素を評価に取り入れるのも手でしょう。
間接部門の「プロ」を育てない日本企業
そもそも日本企業の場合、どんなモチベーションで間接部門で働いている社員が多いのでしょう。
太田:もちろん人によって千差万別です。けれど、実際に組織論の研究でいろいろな人の話を聞いたり、見たりしていると、「本当は直接部門で働きたかったけれど、間接部門に回された」と、一種の鬱屈した気持ちを持つ人も多いようです。
証券会社に入って本当は営業をやりたかったけれど総務部門に配属されたり、食品メーカーに入社して商品開発やマーケティングを希望したけれど経理に回されたり。最初から経理のプロや人事のスペシャリストを目指していれば不満はないのでしょうが、日本企業の採用スタイルはそうではない。そこで鬱屈した思いを抱え、より承認不足に悩む社員もいるようです。
本来は、欧米企業のように職種ごとに採用する方がいいんです。しかも、その道の能力を身につけたらキャリアアップもできる。専門性を究めて「総務のプロ」になることができるなら、努力もするでしょう。
けれど日本企業の場合、直接部門も間接部門もなかなかプロを目指せませんよね。転職の機会も少ないし、人事異動によるローテーションもある。今は経理部に所属しているけれど、3年後にはどうなるか分からない。だったら経理の資格を取得しても仕方がないと考えてしまうでしょう。特に若い社員はいろいろな部門を経験させられますからね。
太田先生の著書「がんばると迷惑な人」にもあるような、頑張りすぎる間接部門の社員もいます。
太田:頑張って迷惑な人というのは、間接部門の方が多いようですね。
直接部門の場合、ビジネスの相手は市場であったり、モノであったりするわけで、頑張るほど成果につながりやすいという面もある。同時に、ビジネスの相手が取引先などの顧客の場合、相手に迷惑をかけるような頑張りはしません。嫌われて取引がなくなれば、本末転倒ですから。
一方、間接部門の場合、頑張りすぎて迷惑をかけることもあるかもしれないけれど、相手は同じ社内の人間です。だからこそ頑張っているところをアピールしようと、言い方は乱暴ですが、パフォーマンスのための頑張りをするようになりがちです。間接部門の人々が認めてもらう相手は社内にしかいませんから。そこで人によっては、承認欲求を満たそうと、相手が嫌がっているのに頑張り続けてしまうケースも出てくるのです。
人間は承認を求める生き物
承認欲求を満たすために、仕事を離れた場に活躍の場を求めるのも手だと、先生は著書の中で書いています。
太田:仕事の外で承認欲求が満たされれば、仕事の満足度も高まるということは、研究結果でも出ています。ボランティアや地域活動、スポーツや趣味、何でもいいのだけれど、自分が生きがいをもってできる活動があり、そこで承認欲求が満たされていれば、少々仕事がつまらなくても満足できるのです。つまり人間はどこかに晴れの舞台が必要で、どこかで自分が主役になって認められれば、満足して生きられる。
一方で、承認欲求が満たされないのであれば、無理矢理にでも光を当てるしかありません。
ことほど左様に、人間とは承認を求める生き物なのですね。
太田:その通りです。承認すればモチベーションや業績が上がる一方で、離職率や不祥事は減ります。実際に承認によって業績が上がるということは、私の実験でも明確な結果として出ています(詳しくは「承認とモチベーション【実証されたその効果】」を参照)。
間接部門の人々の晴れの場を作ったり、彼らに感謝を伝える場を、「仕組み」で作ること。口で言ってもなかなか実行できないでしょうから、強制的にそういった仕掛けを作るのです。誉めるカードや誉めるメール、表彰や研究会。いろいろな方法で、間接部門に注目する場を作ることです。それも、これらの取り組みはほとんどコストをかけずに始められて、結果も出ますから、コストパフォーマンスも高い。
「俺は聞いていない」の闇
ほかの社内の問題も、「承認欲求」を満たすことで解決できそうですね。
太田:例えば直接部門、間接部門に関わらず、会社の中で何らかの報告が自分に伝わっていないと、「俺は聞いていない。だから絶対に認めない」と意地になって反対する人がいますよね。これは、典型的な承認不足が原因です。自分の存在が認められていないから、意固地になって反対する。
もし本人に、普段から承認欲求が満たされている実感があれば意固地になることはありません。自分が承認されている確証があれば、「良きにはからえ」となるわけです。けれど普段から注目されていない人や、周囲からの評価が不足していると感じている人は、「馬鹿にされているのではないか」と疑心暗鬼になってしまう。そして意固地になるのです。
上司と部下の間にも「承認」の問題は発生するのでしょうか。
太田:大いにありますね。特に根深いのは部下から上司への承認です。
上司が部下を認めるかどうかは、基本的には業績などの結果がベースになります。たとえ嫌いな部下でも売り上げを作って貢献すれば一定の評価はされるでしょう。
けれども部下から上司への評価は業績ばかりではなく、「尊敬できるかどうか」という人格に関わる要素が大きい。結果は出すけれども人間的に尊敬できない上司や、結果さえ出せなくて尊敬できない上司に対して、部下は冷静に評価を下します。部下から評価されなければ、その上司は、さらに上の役員層などからも認められることはありません。「部下も束ねられないのか」と。
つまり中間管理職の承認欲求は、部下に大きく依存し、承認不足に陥りやすい。中間管理職は複雑な承認欲求を抱えるものなのです。
そう考えると、人間とはみんな同じ承認欲求を持ち、みんな悩んでいるのです。その上で改めて間接部門と直接部門の問題に戻ると、直接部門は認められる機会があるけれど、同じ承認欲求を持っているのに、間接部門には認められる機会が少ない。人間ですから、活躍して認められる機会が乏しければ、いたずらをしてでも存在を認めてもらおうとします。それは子供でも大人でも変わりません。
事実、いろいろと意地悪なことをしていた社員でも、いったん認められる機会があって感謝の気持ちを伝えられると、人が変わったようになったという話を聞きます。まるで人間が変わったようにいい人になった、と。要するに認めてもらいたかったのでしょう。だからこそ、まずは隣人を尊重して認めること。組織の問題は、そこからしか解決できないのではないでしょうか。
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