金融機関だけではない。オムニチャネルの推進は、ものづくりの代表格といえる自動車メーカーにとっても重要な経営課題になっている。インターネットの黎明期から公式ウェブサイトを開設するなどIT活用に熱心な日産自動車も、カーメーカーならではのオムニチャネルを模索している一社だ。
日産が2014年に実施した社内調査。ここで明らかになった、あるデータがある。
2.6回。お客がクルマを買うまでに、ディーラーに足を運ぶ回数だ。最終的に購入を決める日産のディーラーだけではなく、比較・検討のためにトヨタ自動車やホンダなど他ブランドのディーラーを訪れた回数も含めての数字だ。2.6回というのはあくまで平均値。なかには初めての訪問で数百万円の新車を購入するお客も存在するということになる。
ブランド&メディア戦略部の工藤然氏は「ディーラーを訪れるころには、お客さんはもう買いたいクルマを決めている」と話す。従来、クルマ選びといえば、テレビCMなどで新車情報に触れ、まずディーラーを訪れてカタログを入手。カタログを持ち帰って細かい走行性能やオプションなどについて吟味した上で、またディーラーを訪れて試乗する――というような手順を何度か繰り返すのが普通だった。
このため、ディーラーの営業社員は、一度ディーラーを訪れたお客から家族構成やライフスタイル、あるいは走り重視か燃費重視かといった好みを聞き出し、ときには自宅を訪問するなどの熱意を見せながら、少しずつ日産ファンになってもらうという営業スタイルをとっていた。だが、いまやお客がディーラーを訪れてから自社の魅力を訴えはじめても、かつてのような効果は見込めない。

ディーラーを訪れるまえのお客に、いかに日産車の魅力を伝えるのか。ネット経由で少しでも日産に興味を持ったお客に、どうディーラーまで来てもらうのか。
日産がリアルとネットをつなぐために活用している主要手段は、現時点でメールマガジンだけだ。メルマガ経由でウェブサイトを訪れると、サイトの訪問履歴などから、どの会員がどの車種に興味を持っているかはわかる。だが、メルマガの会員がディーラーを訪れたとしても、ディーラーの営業社員は目の前にいるお客がメルマガ会員なのか、どの車種の紹介サイトにアクセスしたお客なのかを知るすべはない。
退店時にアンケートを書いてもらえば、氏名や年齢をみてメルマガ会員の情報と紐付けることはできなくもない。だが、その情報を生かせるのはお客が次に来店したときだ。購入まで2.6回しかディーラーを訪れないのに、その貴重な1回を棒に振ることになる。
使いこなせる現場人材も必要に
「もしデータがあったとしても、それを使いこなす現場の営業人材が必要になる」(工藤氏)。ネットの閲覧情報をもとにディーラーで接客を受けられるといっても、お客によってはそこに不気味さや、監視されている印象を持つひともいるだろう。「気持ち悪がられないようにしつつ、けれど日産ってすごいねと思ってもらえる仕組みを作らないといけない」と工藤氏。
本当のオムニチャネルとは何か――。特集に向けた取材を重ねるなかで見えてきたのは、リアルとネットをうまく融合させ、画期的な成果を上げた企業は現時点でほとんどないという事実だ。一方で、オムニチャネル戦略の理想像や、実現までに乗り越えなければいけないハードルが何かということはおぼろげながら見えてきている。あとは企業がどれだけ思い切って、これまでの常識を打ち破れるかにかかっている。
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