長らく実店舗(リアル)に根ざして来た小売業は変革を求められている。ビジネス構造を「本当の」オムニチャネルへと大転換する変革だ。小売業がネット通販を手がけ、複数の販路を築くだけでは「マルチチャネル」止まり。複数のチャネルで同一の顧客情報や商品・在庫情報を共有できて、初めてオムニチャネルと言える。
リアルとネット通販の境界が溶けたビジネス構造へと変革すると何ができるのか。日経ビジネス2016年11月28日号特集「本当のオムニチャネル セブン、丸井、アマゾンの挑戦」では、奮闘する小売りの最前線を追った。特集連動企画の初回は、変化する丸井の売り場に着目する。
この秋、丸井グループの店舗に大きな変化が起きている。
11月19日、全館リニューアルを終え、第一期の新装オープンを迎えた丸井静岡店を訪れた。リニューアル後は旧A館を「静岡マルイ」、旧B館を「静岡モディ」として営業している。
床面積が大きく、メーンとなるマルイの正面入り口を入り、少し進むと、上階に誘うエスカレーターがある。丸井が挑戦する新業態の売り場は、2階に上がった目の前の一等地に広がっていた。
11月19日に全館リニューアルを終えた丸井静岡店(静岡マルイ)。新たに、タブレットから注文する在庫レスの「体験ストア」を設けた(写真=廣瀬 貴礼)
10店舗がひしめく静岡マルイの2階フロア。中でも最大規模の面積を有するその売り場では、丸井のPB(プライベートブランド)商品「ラクチンきれいシューズ」のみを扱っている。「おしゃれ」「はき心地」「値ごろ」を兼ね備えた婦人靴として人気を博し、2010年のデビュー以来、累計320万足を販売したヒット商品だ。
一見、普通の婦人靴売り場と変わらないが、よく見ると「ラクチンきれいシューズ 体験ストア」という看板が掲げられている。各デザインともに、19.5cm~27.0cmの全サイズが店頭に並んでおり、お客は自由に履き心地を試していた。
販売スタッフが膝詰めで接客している場所に目をやると、お客の手元にはタブレットが。どうやら操作方法を教えているらしい。その後、お客は大きな靴の箱を持つことなく、手ぶらで売り場を後にした。
この売り場、お客は店頭で「試着」のみを体験、買うと決めたらタブレットで注文し、送料無料で宅配(最短2日)してもらうという、新手の「在庫レス」店舗なのだ。
移動型のキャラバン出店が発端
その左隣には、丸井のPBブランド「RU(アールユー)」の女性向けパンツ、「ラクチンきれいパンツ」のみを扱う売り場が広がる。値札の付いた商品が陳列してあり、試着が可能だが、こちらも在庫レスの体験ストアで、商品を持ち帰ることはできない。
今年10月、丸井はこうした体験ストアを、丸井吉祥寺店と柏店(柏マルイ)にも立て続けにオープンさせている。丸井のネット通販「マルイウェブチャネル」と実店舗を組み合わせたオムニチャネルの新業態。だがこれは、目新しさの訴求やネット通販の拡販を狙った奇策ではない。
「顧客の利便性を追求した結果」と言うのは、丸井グループでオムニチャネル戦略を統括する佐藤元彦専務執行役員。体験ストアを既存店に導入したのは、顧客がそれを望んでいることがわかったからだ。
今年3月、丸井は既存店がない地域のショッピングセンターや地下街の一角を間借りし、試験的に在庫レスの「体験ストア」のイベント出店を3カ所で展開した。これが盛況だったため、丸井は4月、体験ストアを組織化し、全国をキャラバンで回ることにした。
名古屋市のイオンモール大高に展開した移動型の体験ストア
愛知県や東北など丸井の既存店がない場所を、1週間から10日単位で転々とし、今年9月までに22カ所を回った。結果、「丸井がない地域の消費者に丸井のヒット商品を知ってもらう」というプロモーションの域を超えた成果となった。
坪当たりの売り上げは、既存店の靴売り場に比べ、約20%増。狭い売り場で効率的に売れた理由の一つは、接客効率の高さだ。
在庫レス売り場で、サンプルはすべて店頭に並んでいるため、販売スタッフがいちいち在庫を確認したり、出し入れする必要がない。レジ精算もなく、勘定点検などの手間が省けるため、接客を必要とするお客に存分に時間を割くことができる。
「店員のプレッシャーがなくていい」
加えて、お客の声を拾うと、こんな感想が聞こえてきたという。
「店頭にいつも自分のサイズが出ておらず、販売員に出してもらうことに負い目を感じていたので、自由に試せる環境はうれしい」「店員のプレッシャーがなくていい」「荷物が多い時、無料で家に届けてもらえるのが助かる」……。中には「(夫が不在の平日に届くので)お父さんに買ったことが分からなくて、すごくいい」との声もあった。
在庫切れでご迷惑をおかけすることもない。顧客は想定を超えるほどの利便性を感じている――。そこで丸井は、既存店も含め体験ストアを大展開し始めたというわけだ。移動型のキャラバン売り場は来年3月までに計60カ所とする計画。例えば現在は、11月27日までの期間限定で長野県松本市の松本パルコに出店している。
既存店も、順次、体験ストアを広げていく考え。しかし、買い物をする気満々で来たお客は、「持ち帰れない」ことに不満を漏らさないのだろうか。
「私が接客したお客様で、(持ち帰れないことに)お怒りになられた方は1人もおりません。逆に地方のお客様の方がネット通販に慣れていらっしゃるのか、ご説明すると、『ああ、はいはい』といった具合いでタブレットの操作をサクサクと進められることが多いです」。他店の体験ストアで経験を積んで静岡に来た静岡マルイの販売スタッフは、こう話した。
今すぐに履いて帰りたい、明日から履きたい、というニーズは、さほどないようだ。「試着→注文→手ぶらで帰宅」という新たなショッピングスタイルは、靴やパンツ以外の商材にも広がっていくのかもしれない。
「自分のサイズや履き心地がちゃんとわかったので、次からはネット通販で買ってみます」といった顧客の声も多かったという。実店舗からネット通販への送客で新展開を見せている丸井。実は、逆方向、ネット通販から実店舗への送客でも、大きな成果を出している。
「店舗受け取り」の約30%が「ついで買い」
丸井のオムニチャネルへの取り組みは古い。ネット通販で購入した商品を最寄りの店舗で受け取ることができるサービスを始めたのは2009年。店舗への送料はかからず、試着の結果、気に入らなければ無料でキャンセルもできる。
今では、この「店舗受け取り」を選択したお客のうち、約30%が店舗で「ついで買い」をしてくれるという。さらに、店舗で返品・キャンセルしたお客の約40%が、別の商品を購入して帰るという。
実店舗とネット通販で着実にシナジーを生む丸井。それが可能なのは、早期から、個人に向き合い、自らのビジネスモデルや業務システムを変えてきたからに他ならない。
言い換えれば、オムニチャネルという言葉がない頃から、都度、顧客ニーズに応じて、リアルとネットの境界を溶かしてきた成果。“個”客主義を貫く丸井は、本当のオムニチャネルのお手本と言える(丸井のオムニチャネルの歩みや他社の事例を、日経ビジネス11月28日号の特集でご覧いただけます)。
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