仮想通貨の影響は企業による資金調達の分野にも及ぶ。独自のトークン(デジタル権利証)を販売することで資金を集める「ICO(イニシャル・コイン・オファリング)」が注目されている。従来の資金調達方法に比べてハードルが低く、世界中からお金を集められることからベンチャー企業を中心にビジネスチャンスが広がる期待がある一方、詐欺的な案件があることが課題となっている。
ICOブームにともない、ICOを支援するコンサルティングサービスなど関連サービスも登場している。エニーペイの木村新司社長も、ICOの支援事業に参入した。
企業の資金調達に使われるICO
起業を考えている人やベンチャー企業が資金を集めようとする時、これまでならベンチャーキャピタル(VC)から調達したり、新規株式公開(IPO)といった手段をとるのが一般的だった。これには証券会社による厳しい監査などが伴う。一方でICOはそういった証券会社の監査が必要ない。
代わりに、集めた資金でどのようなサービスや商品を作るのかをまとめた計画書「ホワイトペーパー(目論見書)」を公開する。その企業が提供するサービスの中で使うことができたり、商品の先行予約などの特典がついた「トークン」と呼ぶデジタル権利証を発行、その対価として仮想通貨を払い込んでもらうことで資金を集めるという仕組みだ。そのトークンが仮想通貨取引所で「上場」されると、人気度によって価格が上下するようになる。
比較的簡単に資金を集められることから、世界でベンチャー企業を中心にICOを利用する動きが活発だ。ICO関連情報を見ることができるサイトのコインスケジュールによると、これまで世界で36億ドル(約4000億円)を超える規模でICOによる調達が行われた。
現在、世界で最も多くの資金を集めているのは「ファイルコイン」というプロジェクト。個人や企業が持っているパソコンの空き容量を提供しあい、効率的に活用するシステムを開発するという内容だ。すでに2.5億ドル(約285億円)を集めた。テゾス(257億円)、パラゴン(203億円)などがそれに続く。
海外で先行していたICOだが、日本勢も負けていない。仮想通貨取引所を運営するQUOINE(コイン、東京・千代田)は、機関投資家向けプラットフォームの開発などに使う資金として約150億円を調達。同じく取引所を運営するテックビューロ(大阪市)もICO支援サービス「COMSA(コムサ)」のシステム開発向けに106億円を集めた。10月24日にはGMOインターネットがICOを検討していると発表。同社は今後展開するビットコインマイニング事業の中でマイニングを行うための高性能コンピューターの販売を計画している。ICOで発行するトークンはそのコンピューターの購入に使えるようにする方針だ。
日本でもこれだけ大きな案件が動き出し、資金調達の新手法として関心が高まる中、10月27日に金融庁がICOについて注意喚起の文書を公表した。その中では「トークンの価格下落の可能性」や「ICO案件自体が詐欺である可能性」もあることを挙げた上で、トークンの購入は自己責任で行う必要があると警告している。トークンは株式と同じように、プロジェクトの進捗が遅れればそれを嫌気して価格が下がりやすい。企業が経営破綻に陥れば価値がゼロになることもあるが、これらは自然なことだ。
期待先行のままだとICOは自然消滅
問題は後者の詐欺や詐欺まがいである場合だ。極端な言い方をすれば、計画を書いたホワイトペーパーという紙1枚があれば誰でもICOでお金を集めることができる。それゆえに、お金だけを集めて姿をくらませてしまうケースが発生している。米国では10月上旬に米証券取引委員会(SEC)があるICO案件を詐欺として告発した。容疑者は不動産やダイヤモンドを担保としたトークンを発行するとしていたが、実際にはそのような裏付けもなければトークンも存在しなかった。
資金調達のハードルが低いことがこのような詐欺まがいの案件発生の原因になっているが、ハードルが低いことの弊害は詐欺以外にもある。日本銀行の初代フィンテックセンター長を務めた京都大学公共政策大学院教授の岩下直行氏は「ホワイトペーパーには何ら法的拘束力がなく、単なる宣言でしかない。ICOは『打ち出の小槌』になっている」と指摘する。
VCからの調達やIPOではプロジェクトの実現性に対する外部からの厳しい視線があるが、ICOではそれがない。簡単に大金が手に入ってしまうことで、起業や新規事業開拓のモチベーションを下げてしまう可能性がある。中国ではそういった懸念から9月4日に、政府がICOによる資金調達を全面的に禁止した。
岩下教授は現状のままであればICOは縮小していくと分析する。足元のICOブームがプロジェクト内容に対する期待を含んでいることは間違いない。ただ、ホワイトペーパーで掲げられた目標の実現性が厳しく検証されていないものが多い以上、ブームを裏付けているものは足元で上昇基調である事実と、さらに値上がりするという期待がほとんどだと考えざるを得ない。ゆえに「価格が下落基調に入ればICOを支えるものはなくなり、いずれ消えるだろう」(岩下氏)。
規制へ動くのか、育成する方向へ進むのか
日本も中国のように規制へ動くのか、育成する方向へ進むのか。ICOはこれまで資金調達の面が足かせになっていた起業家にとって大きなビジネスチャンスとなる。現状では育成へ向かうとの見方が多いが、米国のような事件が日本でも散見されたりするようになった場合、一気に風向きが変わりかねない。カギを握るのはこうしたICOを支援するサービスだ。
すでに紹介したテックビューロの「コムサ」もその一つ。同サービスは、ICOを考えている企業に対しホワイトペーパーの作成の支援やトークン発行に必要な技術を提供する。オンライン決済サービスのエニーペイ(東京・港)もICOのコンサルティング事業に参入した。木村新司社長は「IPOなど従来の資金調達に必要な条件に加えて、法律面や会計面、プロモーション面まで一括で支援する」と話す。手間はかかるが、ICOの課題を解消しつつ、世界中の人から資金を募ることができる。トークンを購入する投資家向けのサービスも登場してきている。投信評価会社のモーニングスターは国内初となるICOの格付け事業を開始。ホワイトペーパーの内容ほか、財務状況などを独自に分析する。情報が少ないICOで、投資家が正しい判断ができるようにする狙いだ。
期待と懸念が入り混じるICO。ビジネスチャンスを広げる可能性がある一方で、課題も山積みしている。今後日本で本格的に普及していくには、一つひとつのプロジェクトの本質が評価されるようになることが必須条件だ。
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