(前回から読む)
無印良品(MUJI)は今や日本を代表するグローバルブランドになった。中国などアジアでは高品質でシンプルな日用品を取りそろえたブランドとして業績を伸ばし、欧米では“禅の精神”を日常生活で実践するブランドとして熱烈なファンを引き付ける。
なぜMUJIは世界の人に愛されるのか。このほど発売した著書『MUJI式 世界で愛されるマーケティング』で解説したMUJIの秘密の中から、4つのキーワードを紹介しよう。
連載第2回目の今回のキーワードは「アンチテーゼ」──。いわゆる王道といわれるセオリーに反する、アンチテーゼの数々が、MUJIを模倣困難なブランドにしている。
無印良品(MUJI)は、時代のアンチテーゼとして誕生した。バブルへと向かう消費社会の真っただ中だった1980年、西友のプライベートブランド(PB)としてスタートした。当時の日本は、個性あるデザインや柄、ブランドの「印」を付けた商品にあふれていた。そのような時代に、ブランドの「印」に頼らないで、「商品そのもの」の良さを訴求した商品シリーズとしてMUJIは誕生した。
当時は、第1次PBブームともいわれ、他の大手スーパーもPBを発売していた。しかし、PBというポジションからスピンアウトして発展してきたのはMUJIだけである。これは、ひとえにMUJIのコンセプトが一過性のものではなく、時代を超えた消費者のニーズの本質に寄り添ってきたからであると考えられる。
MUJIは、西友から独立した良品計画が、商品企画・製造から流通・販売までを行う製造小売業である。製造小売業として成功しているブランドは、ユニクロやニトリなどいろいろあるが、そういうブランドと比べると、MUJIは今でもアンチテーゼである。経営やマーケティングの一般的なセオリーとは違う選択をしていることも多い。その一例を挙げよう。
欧米グローバルブランドとの決定的な違い
MUJIのグローバル展開は、アップルやスターバックス、ルイ・ヴィトンなどの欧米グローバルブランドとは決定的に違う。何が違うかというと、商品のカテゴリーが幅広い。
MUJIの取扱品目は、1980年のスタート時は食品を中心に40品目だったが、現在は約7000品目に達する。衣服雑貨(紳士、婦人、子供)、生活雑貨(家具、文房具、日用雑貨、インテリアファブリック、化粧品)、食品(レトルト、お菓子、飲料)の分野を幅広くカバーしている。こうした日用品全般に広がる商品ラインナップを海外に展開している。
アップルはスマートフォンやPC、スターバックスはカフェ、ルイ・ヴィトンはバッグやトランクなど、欧米のグローバルブランドは、絞り込んだ商品カテゴリーで勝負していて、消費者が思い浮かべる商品はだいたい一致している。ところがMUJIは、人によって思い浮かべる商品が違う。それでもMUJIはブランドとしての共通したイメージを保っている。
そしてMUJIが世界で販売している商品は、基本的に日本で開発した商品そのままだ。現地の法律や使用環境に合わせて、たとえば家電製品のプラグ形状を変えるなどの現地適応はしているが、デザインなどは日本発のまま世界共通だ。文化の影響を受けやすい日用品という市場で、MUJIは文化の壁を超えてグローバルに受け入れられている。MUJIは挑戦的なグローバル展開を進化させてきた。
中国・無印良品上海淮海755店 のオープン時。店舗に入るのに数時間かかるほど長蛇の列が続いた。(写真:良品計画提供)
ユニクロやニトリのように効率を追わない
MUJIと同じ製造小売業を見ると、ファーストリテイリングのユニクロは衣料品、ニトリは生活雑貨と家具などのように、特定の専門分野に特化している。カテゴリーを絞り込んだほうが経営の効率は上がることは自明である。
また、ブランドに関するセオリーでも、商品カテゴリーを広げ過ぎるとブランドイメージが希薄化していくリスクを伴うと言われている。
カテゴリーキラーの製造小売業は、特定の商品カテゴリーにおいて競合他社と差別化し、優位性を築くことを目指す。自社の責任において商品を販売していくことから、あまりに幅広い品ぞろえにすると、管理がそれだけ複雑になる。製造や物流面における規模の経済を考慮しても、専門分野に特化して少品種大量生産がされる場合が多い。
しかしMUJIは違う。MUJIは「選択と集中」という基本的なセオリーを明らかに踏み外している。経営資源には限りがあり、企業はその限られた資源を最適に配分していくことが経営の基本だとされるが、MUJIはそういうことをあまり気にしていない。
MUJIほど幅広い品ぞろえの製造小売業はない。MUJIと真っ向から同じ品ぞろえで対抗しているブランドは存在しない。
独自の世界観で共通したブランドイメージを維持
MUJIは、幅広いカテゴリーの商品を取りそろえているにもかかわらず、ある一定のブランドイメージをグローバルに保っている。なぜMUJIにはそれが可能なのか。詳しくは『MUJI式 世界で愛されるマーケティング』で解説したが、MUJIのコンセプトにもとづいた商品開発で、その共通のイメージをつくりあげているからだ。だから、人によって思い浮かべる商品が違っても、MUJIには共通したイメージがある。
そのイメージをざっくり言えば「シンプル」「自然」ということになる。MUJIは「シンプルで自然な生活用品のブランド」として幅広い商品を提供し、その思想を世界の人に受け入れてもらっている。
逆に考えると、MUJIは商品分野を絞らず、ライフスタイルに関連する品ぞろえを幅広く実現していることによって、MUJIの世界観を確立しているとも言える。
MUJIは基本方針として「感じ良いくらしの実現」を掲げている。つまり生活を快適にする商品を幅広く品ぞろえすることによってこそ、MUJIの世界観は伝わる。「感じ良いくらし」という、とても広く、普遍的なことを追求しているからこそ、世界の人に愛されるのだ。
「10人に1人がわかってくれればいい」
では、なぜMUJIの商品カテゴリーはこんなにも広がっているのだろうか。さらにはキャンプ場の運営、住宅の販売などにも事業は広がっているのは、なぜだろうか。その点について、良品計画の金井政明会長は次のように話す。
「もともと無印良品の商品は、皆が好きになってくれる商品と思っていませんでした。無印良品の思想を理解してくれる人は、10人に1人くらい、あるいはそれ以下かもしれないと思っていました。無印良品ができた当初、多くの人がブランドにあこがれた時代である1980年代に「生成(きなり)」を出すわけです。半晒しのティッシュも詰め替えて使うようなものを出すわけです。このような思想は、当時はイノベーティブで、新しく成熟した考え方であって、皆には理解されないと思っていました。
そして10人に1人に売れましたという時に、普通の会社であれば、その商品を1人でなく20人に、そして50人に売れるように販促をかけると思います。無印良品では、その1人の理解してくれたお客様が使ってくれるアイテムを増やしていったのです。そして男女、年齢、お金を持っているかどうかなどに関係なく、無印良品の思想をわかってくれる人が使ってくれるアイテムがどんどん増えていったのです」
新しい顧客セグメントを創造した
MUJIの思想を理解してくれる人に向けてアイテムを増やしていくという考え方は、顧客のセグメントを「ライフスタイル軸」で分けることと似ている。つまり、MUJIの考え方に共感するようなライフスタイルを目指す顧客セグメントをターゲットにして、品ぞろえを広げていると見ることもできる。
しかし当初は「MUJIの考え方に共感する人」というセグメントがはっきりと存在したわけではない。マーケティング的な分析でセグメントを特定したというより、新しいセグメントを創り出したと解釈するほうがいいのではないだろうか。
1980年代当時には、MUJIの思想を理解できる人は少なかったかもしれないが、徐々にMUJIの提案するライフスタイルは多くの人に理解されるようになってきた。それも世界的にである。MUJIは、自分たちの考え方を理解してくれる顧客セグメントを創造してきたのである。
むろんカテゴリーにより競合も現れ、各カテゴリーでの競争は簡単ではない。しかしながら、ここまで広い商品カテゴリー全体によって築かれているMUJIのライフスタイルの世界観は、他社に真似のできない競争優位となっている。
なぜ無印良品(MUJI)は世界中の人から好かれるのか? MUJIの商品開発に10年間携わり、現在はマーケティングの研究者になった著者が、MUJIが大事にしている考え方、商品開発の体制、戦略のユニークさなど、MUJIの秘密をわかりやすく解説。MUJIが好きな人、MUJIが好調な理由を知りたい人、商品開発を担当する人、事業のグローバル展開に関わる人など、誰が読んでもヒントが得られるマーケティング入門書。
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