仕事で凹んだ時こそ、マーベルヒーローの出番
ウォルト・ディズニー・ジャパン バイスプレジデント シェイクスピア悦子氏に聞く(2)
「アイアンマン」や「スパイダーマン」などのキャラクターをもつアメリカンコミックの雄マーベル・エンターテインメントが、米ウォルト・ディズニーによって買収されたのは2009年のこと。ディズニー傘下での、日本におけるマーベルの事業展開も加速しつつある。ミッキーマウスをはじめとした愛らしいキャラクターを展開する「夢の王国」ディズニーが描く、マーベルビジネスの戦略とは。ウォルト・ディズニー・ジャパン バイスプレジデントのシェイクスピア悦子氏に聞いた。
(聞き手:川岸 徹)
シェイクスピア悦子氏 早稲田大学商学部卒。電通などを経て2002年ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社入社。2006年同社テレビジョン部門マーケティング・エグゼクティブ・ディレクター。2007年よりバイス・プレジデント/チーフ・マーケティング・オフィサー
(前回「マーベルとは、なるべくして一緒になった」から読む)
「アイアンマンに心変わりしたのは、映画がきっかけです」
先に、「マーベルのキャラクターの認知度向上に関しては、やるべきことがまだまだある」という話がありましたが、マーベル人気を高めるため、どんな取り組みを行っていくのでしょうか。
シェイクスピア悦子氏(以下、シェイクスピア):マーベルの世界への入口として、最も身近なのが映画やドラマです。大人には実写、子どもにはアニメーションを使って、わかりやすく展開していく。映画館やテレビで見たキャラクターを好きになり、興味を深めてもらえればうれしいです。
ビジネス的な観点から見ても、マーベル事業の主軸は映画ですか?
シェイクスピア:部門別の具体的な収益の割合は公開していませんが、映画はやはり大きな存在です。金額的なことだけでなく、映画は認知度を上げる効果がありますし、女性ファンを増やす役割も担ってくれます。マーケットの拡大に映画は欠かせません。
映画を含めた全部門で言いますと、ディズニージャパンにおけるマーベル関連の売り上げは、買収完了時(2012年度)からの4年間で2倍になりました。年平均で20%以上伸びています。
ここ数年、日本でもマーベル映画はヒットしていますね。洋画部門の興行収入でいえば、例えば2015年は「アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン」が約32億円で8位、2013年は「アイアンマン3」が約26億円で6位でした。日本では、「アイアンマン」や「スパイダーマン」が人気なのでしょうか。
シェイクスピア:それに「キャプテン・アメリカ」を加えたのが、ビッグ3ですね。アメリカでも、この3人のキャラクターが人気ですが、日本以上に「キャプテン・アメリカ」のファンが多いようです。
先ほど、子供のころは「スパイダーマン」の熱狂的なファンだったけど、今は「アイアンマン」に心変わりされたと “告白”されていましたが(笑)、きっかけは何だったのですか。
シェイクスピア:2008年に公開された映画「アイアンマン」ですね。この作品が初めての実写映画化で、鑑賞する前はうまく実写化できているのか心配でした。というのも、全身がパワードスーツで覆われた、地肌の見えないヒーローって、チープになってしまう可能性がある。安っぽくなってしまうのが嫌だなと。
で、その心配は?
シェイクスピア:無用でした(笑)。逆にかっこよ過ぎでしたね。映画が成功を収めたのは、プロデューサーを務めたケヴィン・ファイギの手腕が大きいと思います。彼は、2000年の映画「X-MEN」に参加して以来マーベルのすべての映画に関わり、2007年にはマーベル・スタジオの社長に就任。マーベルになくてはならない天才的な人物です。
「マーベル作品はビジネスパーソン向き」
アメコミの場合、さまざまなキャラクターがいていろいろなシリーズがあるため、どれから見ればいいか分からないという声もよく聞きます。マーベル作品でビジネスパーソンにお薦めの映画は?
シェイクスピア:最初に見るなら、「アベンジャーズ」や「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ」がいいのでは。マーベルを代表するキャラクターがたくさん登場するので、自分に重なるキャラクターを見つけやすいですね。
ただ、ほかにもお薦めの映画はいっぱいあります。個人的には、元気になる映画といえば「アントマン」。主人公は、何をやってもうまくいかない人生を送っていましたが、最愛の娘との絆を取り戻したいというピュアな気持ちからヒーローになる。どんな時でも、前向きで純粋な気持ちを大切にしたいと教えられます。とにかく笑いたいなら「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」がいいですね。
そのほかだと。
シェイクスピア:今、注目されているのが「ドクター・ストレンジ」。アメリカでは11月に映画が公開され、日本では2017年1月に封切られます。「ドクター・ストレンジ」は、元天才外科医。でも、事故に遭ってしまい、困難な状況に陥ります。
公開前ですから詳しくは話せませんが、心に深いものを抱えたマーベルらしいキャラクターです。映画で「ドクター・ストレンジ」を演じるのは、ベネディクト・カンバーバッチ。ドラマ『SHERLOCK/シャーロック』に主演し、日本でも大人気となりましたから、『ドクター・ストレンジ』のヒットも期待しています。
困難に直面し、葛藤を抱えながらも前向きさを失わない、マーベルらしい作品ですか。
シェイクスピア:そうです。マーベルの映画は、たとえシリアスなストーリーであっても、鑑賞後はふっと気持ちが軽くなる。重い展開のなかに、ぷっと笑えるジョークが入っていることもある。
ビジネスにおいても、困難が付き物なのは当たり前。それを気持ちの持ち方ひとつで、前向きに進むことができるはず。マーベルの作品には、ビジネスシーンにも生かせるメンタルコントロール術が込められていると思います。
「コアなファンを裏切ることだけは、絶対にやってはいけない」
映画のほかには、事業拡大のためにどのような展開を考えているのでしょうか。
シェイクスピア:常に心掛けているのは、タッチポイントをとにかく増やしていくこと。それはもちろんビジネス的な要素もありますが、それ以前にお客様に喜んでもらうことが重要だからです。好きなキャラクターって、絶えず一緒にいたいとか、グッズを身近に置いておきたいと考える方が多い。ですから、タッチポイントをできる限り多く用意することが大きな役割だと思っています。
現状、具体的にはどんなタッチポイントを展開しているのですか。
シェイクスピア:まずはキャラクターグッズ。フィギュアやキーホルダーなど、一般的なグッズはもちろんのこと、日本独自のものもどんどん展開しています。湯呑みや豆皿、前掛けといった和テイストのグッズもあるんですよ。
かわいい感じで仕上がっていますね。米国本社の反応は?
シェイクスピア:評判、いいですよ。日本のグッズは以前から「洗練されている」と言われていて、新しいグッズの企画が通りやすい。今後も意外性のある商品を提案していきたいですね。
あと、日本生まれといえば、「マーベル ツムツム」。スマホの画面に表示された同一のキャラクターを指先でなぞってつないでいくゲームで、20~30代の若者には“マベツム”の愛称で親しまれています。日本だけでなく、10月現在、世界150以上の国と地域で配信されています。
タッチポイントの展開を進める上での、今後の戦略は?
シェイクスピア:お客様がわくわくするイノベーティブなことを、どんどんやっていきたいですね。ただし、気を付けなければいけないのは、アメコミやマーベルにはコアなファンが多いということ。コアなファンを裏切ることだけは、絶対にやってはいけないんです。初心者の方がマーベルに興味を持つきっかけになり、それでいてコアなファンも楽しめる。両者にアピールできる展開を考えていきたいですね。
ミッキーマウスとスパイダーマンの共演は?
ディズニーといえば、ミッキーマウスやミニーマウスを連想する人が多い。そうしたディズニーを代表するキャラクターと、マーベルのキャラクターがコラボするような展開はあり得ますか。
シェイクスピア:さすがにそれはないでしょう。ディズニーの世界観とマーベルの世界観はまったく違うものなので、それぞれの世界でいろいろなメッセージを展開していく方針です。
ディズニーには4つのブランドがあって、従来のディズニーと、ピクサー、マーベル、スター・ウォーズ。各ブランドがそれぞれの世界観を築いていますので、きっちりとその世界観を分けて伝えていきます。
ディズニーのパークにマーベルのキャラクターが登場することはない?
シェイクスピア:海外の一部のディズニーパークでは、同じ敷地内にマーベルをテーマにしたエリアやアトラクションが登場しています。ただ、ディズニーのエリアとマーベルのエリアはしっかりと分けられていて、キャラクターが交わるようなことはありません。あくまで別の世界です。
海外、とくに米国ではマーベルが生活の中に根づいていて、ビジネスパーソンや高齢者もマーベルのキャラクターをよく知っている。だから、子どもたちもごく自然にマーベルの世界に入っていけます。だが、日本ではそこまでの環境はできていません。子どもたちにはどんなアピールを?
シェイクスピア:子ども向けの展開というのは、重要ポイントとして常に意識しています。少し前に「ディスク・ウォーズ:アベンジャーズ」というアニメーションを放映しましたが、今後も子ども向けアニメのコンテンツを充実させていきます。
講談社の「少年マガジン」と組んで新設した「マーベル漫画賞」もそうした取り組みの一環です。「アイアンマン」や「スパイダーマン」などマーベルのキャラクターをテーマにした作品を募集し、特選作は連載・単行本化されるというものです。これには初心者もプロも応募できます。日本の漫画文化は素晴らしいものですから、マーベルを盛り上げるひとつの手段として活用したいと思っています。
「マーベル映画にもっと日本が出てきてほしい」
2009年のマーベル買収から、約7年が経過しました。これまでの日本での展開を、どのように評価していますか。
シェイクスピア:2009年当時、国内のビジネスパーソンに「マーベルって、ご存知ですか?」と聞くと、「えっ、何?」というような反応が多かった。でも最近は、「映画の『アベンジャーズ』を見ましたよ」などと言っていただける機会が増えました。マーベルが定着しつつあることを実感しています。
これまでの日本展開の進み具合に、点数を付けるとしたら?
シェイクスピア:点数を付けるのは難しいですね。「順調にきている」と思いますが、「課題はまだまだいっぱい」とも感じます。マーベルはキャラクターが多いうえ、それぞれの人物の奥が深い。新しい発見がたくさんあるので、社員一同、さらに勉強していかなければなりません。
マーベルの事業を始めて、最もうれしかったことは?
シェイクスピア:山ほどあり過ぎて、困ってしまいますね(笑)。マーベルのロゴマークが入ったTシャツを着た人とすれ違った時は、その都度、笑みがこぼれてしまいます。
自分でも、マーベルの商品をよく身につけるんですよ。不思議とエネルギーが湧いてきて、気分がアガる、アガる! ちなみに、私のiPhoneのカバーは「アイアンマン」。好きな物と常に一緒にいたいタイプなので。「アイアンマン」は私の守り神です。
最後に、マーベルに関しての、夢やビジョンを教えてください。
シェイクスピア:個人的な夢は、たくさんあります。ひとつめは、マーベル映画にもっと日本が出てきてほしい。マーベルは現実との結び付きが強いので、日本の文化が紹介されるといいと思います。日本人のスーパーヒーローっていうのも、面白いかもしれませんね。
あとは、作中で「アイアンマン」が語りかける人工知能「J.A.R.V.I.S」を、私も欲しい(笑)。家にいて、話しかけると返事や会話をしてくれる。最近はAI(人工知能)やロボットの技術が進んでいますから、近いうちに実現するかもしれません。
今後もマーベルではイノベーティブな取り組みを続け、ファンに喜んでもらいたい。ファンの幸せが、いちばんの夢ですね。
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