物事が単純に「いい」「悪い」で描かれていない

井原:ドクター・ストレンジが世界を救うヒーローになったのは、あくまで個人的な理由がきっかけ。天才的外科医として名声を得ていたのに、事故に遭って手に障害を負い、一瞬にしてその名声や地位を失ってしまう。そして、自分の手を治したいという思いから、内なる力に目覚めます。結果として、その力が世界のためになるわけです。

 そうした具体的な経緯は、現代の日本人にピンときやすいものだと思います。だって、いきなり「俺は世界を救いたいんだ」とヒーローを目指されても、唐突に感じてしまうでしょう。納得するプロセスがないと、作品に入り込めませんよね。

そうしたプロセスが、自分の人生にも重なっていく。

井原:そうなんです。しかも、そのプロセスに夢を感じられる。もしかしたら私たちにも何かそういう隠された能力があって、その能力が目覚めたら、もっと大きな力を発揮できるかもしれない、というような。そうした夢と、厳しい修行による心の葛藤が、リアルに迫ってきます。

「ドクター・ストレンジ」が、今の時代にマッチする点は?

井原:現代社会では、転職の機会ってすごく多いですよね。何か事情があって会社を辞めなければならないとか、もうこんな会社で働きたくないとか、ポジティブにしても、ネガティブにしても、いろいろな動機で会社を辞めます。

 そして、辞めることで、大きな挫折を感じたり、逆に新しい仕事や人に巡り合う幸福を感じたり。不幸と幸福って、切り離されたものではありません。そうしたことを踏まえ、物事が単純に「いい」「悪い」で描かれていない点が、時代に合った映画だと思います。

苦悩もたくさん描かれていますが、私も、試写の観賞後はポジティブな気分になれました。

井原:何もかも失い、どん底にいる気分を味わう。でも、そこから新しい何かが始まるんだ。そんなふうに意識を切り替えさせてくれる作品です。

 残念ながら、現代社会ではメンタルの不調に苦しむ人が少なくありません。大袈裟に感じられるかもしれませんが、私はいろいろな悩みを持つ人を勇気づけられるような、そんなポテンシャルを秘めた映画だとさえ感じているんです。