監視カメラなどで得たデータを基に、AI(人工知能)が人間の判断を代替し、ときには裁判官の役目も果たす――。技術の急激な進歩は、そんな「デストピア(暗黒郷)」の到来すら予感させる。日経ビジネス11月12日号特集記事「ここまで来た監視社会」では、人権を守りつつ監視技術を活用する対策について詳述した。存外見落としがちなのは、「秀才AI」への警戒を怠ってはならないということだ。

 日本取引所グループは今春、世界の取引所でも先駆けて、相場操縦が疑われる取引の監視にAIを導入した。1000分の1秒単位で売買を繰り返す超高速取引(HFT)システムの広がりにより、監視しなければならない取引件数が急増していることが背景にある。

日本取引所グループはAI導入により人間が担う業務量を2~3割減らした

 これまでも一定のアルゴリズムのもと、機械との役割分担を進めてきた。しかし取引の絶対量が増えたことで、1件ずつ値動きや出来高を確認する「初動調査」は1日数千件にも増加。それを約70人の審査員でこなさざるを得なかった。

 膨大な数の取引から、疑わしいものを抽出するのは大変だ。証券会社から取引者のデータを取り寄せて詳しく調べる「本格調査」は1日に10件程度だという。さらに疑いが強まり、対象取引者のほかの売買なども詳しく調べる「審査」は、17年度の実績でわずか28件。「砂浜の中で一粒のダイヤを探すような仕事」(菊池紀一・売買審査部長)だった。

 そこで、過去の初動調査の結果を組み込んだAIを導入し効率化を図った。日立製作所とNECがそれぞれ開発した2種類のAIは、取引案件の疑わしさを1つずつ「0~100」で点数付けする。ある程度の点数がついた案件のみを抽出し、人間が改めて初動調査に当たる。

 現在は実証実験の段階にあるため、次の調査に移す閾値を低めに設定しているが、すでに「業務量を2~3割削減する効果が出ている」(菊池部長)

 日本取引所グループが取り組むAIプロジェクトの目標は、監視の効率化と高度化だ。しかし、菊池部長は「しばしば勘違いされてしまうが、高度化を担うのはAI導入により浮いた分の人手。新たな不正の類型を積極的に探すよう、監視担当者に発破をかけている」。そのかいもあって今年4~9月、審査に着手できた件数は22件と前年同期の2.2倍に増加した。

 どれだけ膨大なデータをAIに学習させても、高度な経験と技術を持った人間の想像を超えるような新たな発見はできない。これが日本取引所グループがAIを運用する前提となっているのだ。