現在、国立新美術館(東京・六本木)で開催中の展覧会「安藤忠雄展-挑戦-」は、多くの“一般人”でにぎわう。学歴や師弟関係が重視される建築の世界にあって、安藤忠雄氏は独学で建築設計を学び、東京大学建築学科教授となり、「世界のANDO」といわれるまでになった。経済人や文化人にも安藤ファンは多い。建築専門誌「日経アーキテクチュア」の宮沢洋編集長が、安藤氏本人へのインタビューや安藤氏の関係者50人に実施したインタビューの中から、安藤氏の「言葉の力」を読み解く。連載第2回は、「ANDO」のスゴさの後編をお届けする。

 「世界のANDO」は何がすごいのか――。連載第1回は建築家・安藤忠雄氏の6つの特質のうち、
①コンクリートと光
②常識外のアイデア
③小住宅にも全力

の3つについて解説した。

 今回は、残りの3つ、
④境界を越える
⑤緑に隠す
⑥プロジェクトがつながる

について見ていきたい。

国立新美術館の安藤忠雄展の会場で、白く空いたスペースを埋めるために、突然スケッチを描き始めた安藤氏(写真:日経アーキテクチュア)
国立新美術館の安藤忠雄展の会場で、白く空いたスペースを埋めるために、突然スケッチを描き始めた安藤氏(写真:日経アーキテクチュア)
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④境界を越える 与条件から踏み出してハードル上げる

 建築家は「与条件」という言葉をよく使う。設計をスタートするに当たって建て主が示す発注条件のことで、主には「敷地」「完成時期」「予算」を指す。当然、それを守るのが建築家の務めなのだが、安藤忠雄氏の場合、「建て主から与えられた境界線」を逸脱して実現した建築が少なくない。

 「境界」を越えれば、当然、予算も増えるし、場合によっては完成時期も延びる。それでも、安藤氏はクライアントを説得して境界を乗り越えようとする。

 分かりやすいのが、京都市の商業施設「TIME’S」だろう。京都市街を流れる高瀬川沿い、三条小橋のたもとに安藤氏の設計による「TIME’S」が竣工したのは1984年。完成から7年後の1991年、「TIME’S II」として増築部が完成した。

手前が「TIME’S」、左奥が「TIME’SII 」(写真:三島 叡)
手前が「TIME’S」、左奥が「TIME’SII 」(写真:三島 叡)

 1期・2期とも重要な位置を占めているのは、高瀬川の存在だ。広場は水際までレベルが下げられており、手を伸ばせば川面に届くほど。水際との間に柵などがないので、親水性が非常に高い。

「TIME’S」の1階テラス(写真:三島 叡)
「TIME’S」の1階テラス(写真:三島 叡)

 そうした空間を実現するのは行政との交渉など、ハードルが高い。今でこそ「親水広場」という言葉をよく聞くようになったが、当時、こうした商業施設は極めて珍しかった。それも、第1期の与条件としてそれがあったわけではなく、安藤氏から提案して自らハードルを上げて、それを実現したのだ。

 近年では、「東急大井町線上野毛駅」も、安藤氏の“脱・境界”志向を象徴するプロジェクトだ。2011年に新築された駅舎は、公道を挟む2つの上屋から成る。その公道をまたいで、大屋根が架かっている。大屋根はバスを待つ利用者を雨から守り、日陰をもたらす。中央には円形の穴があり、切り取られた空が闇に浮かぶようにも見える。

 この大屋根も与条件ではなく、相談を持ち掛けられた安藤氏が提案。法規などの壁を乗り越えて実現したものだ。

東急大井町線上野毛駅の公道をまたぐ大屋根。丸い穴は「駅が都市の中央である」(安藤忠雄氏)ことを表している(写真:吉田 誠)
東急大井町線上野毛駅の公道をまたぐ大屋根。丸い穴は「駅が都市の中央である」(安藤忠雄氏)ことを表している(写真:吉田 誠)
東急大井町線上野毛駅を見下ろす(写真:吉田 誠)
東急大井町線上野毛駅を見下ろす(写真:吉田 誠)

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