2012年のロンドン五輪、柔道男子日本代表の金メダルはゼロ。柔道発祥国の面目は潰れ、男子柔道の危機とまで言われた。そして4年後のリオデジャネイロ五輪、男子73㎏級の大野将平、90㎏級のベイカー茉秋(ましゅう)の金メダルを筆頭に全7階級でメダルを獲得。復活と躍進を遂げたことは記憶に新しい。これには科学的なトレーニングに加え、体づくりに直結する栄養補給、つまり食事に関する改善や改革も大きく関わっている。そこで井上康生監督の下で食事指導に当たった管理栄養士の上村香久子氏に、ニッポン柔道の復活を支えた最新の栄養学に基づく選手たちの食事法と、ビジネスパーソンにも役立つ食べ方を聞いた。

柔道の稽古のような激しい運動の前には、炭水化物をしっかりとらないと筋肉が減ってしまう。(写真:アフロ)
柔道の稽古のような激しい運動の前には、炭水化物をしっかりとらないと筋肉が減ってしまう。(写真:アフロ)

 「柔道男子選手の食事を見ていると、みんな筋肉をつけたい人ばかりですから、たんぱく質はよく取れていました。ただ、すごく厳しいトレーニングや練習をして体力が消耗しているのに、すぐにエネルギーになる食材の摂取が少し足りていなかったんです」

 こう話すのは、ロンドン五輪から女子柔道代表の管理栄養士を務め、2014年からは男子選手の指導も任されている、日本スポーツ振興センター(JSC)ハイパフォーマンスサポート事業柔道専任管理栄養士の上村香久子氏。男子選手の食事風景を見るようになってからの印象だと言う。

運動前の炭水化物摂取が足りないと筋肉が削られる

 エネルギー源、つまり炭水化物の摂取量が少な目の選手が多いのは、「炭水化物の取り過ぎ=体脂肪の増加」という意識が働いていたようだ。

 「合宿では、かなり追い込んだ練習や稽古をします。エネルギーになる炭水化物、つまり糖質が足りていないと、体はたんぱく質である筋肉を分解してエネルギーに使い始めてしまいます。井上監督はリオ五輪に向けて、筋力を強化する方針を打ち出していましたから、そうなると逆の結果になります。夕食は全部の栄養素をガッチリ取れていましたが、特に朝と昼の食事はもう少しエネルギーを増やしたほうがいいという状況でした」(上村さん)。

 合宿中は6時に起床してサプリメントを摂取。身支度を整えてランニング。そして7時30分からが朝食。2時間程度の休息を入れてから朝稽古。終了後は再度サプリを摂取して休息。午後にウエイトトレーニングなどをやり、18時ごろに夕食というのが一般的な流れ。本格的に体を動かし始める前の朝食、そして、朝稽古でエネルギーを消耗した後の昼食で炭水化物の補給が少ない印象だった。

 そこで上村さんは、30分程度のセミナーを開き、以前に高校生の選手を被験者にして取ったデータを基に、体内に持っているエネルギーの変化を説明した。

 「朝食を取った直後は、当然ですがエネルギーが増えています。その後、学校で授業を受けている間は緩やかに減り、昼食後はまた増えます。しかし、放課後の練習中は完全にエネルギーが足りていない状態になります。その後に夕食を取ることで、最終的にはプラス200~300kcalになり、エネルギー収支が取れている状態になりますが、練習中はマイナス状態。そうなると、栄養学の言葉では“体(たい)たんぱく質分解”という、筋肉を削ってエネルギーを作り出す状態になっているのです。筋肉をつけるためのたんぱく質の摂取を増やすだけでなく、体を動かす前に練習で消費するエネルギーをきちんと摂取しないといけません」(上村さん)。

 このため、合宿中は午前と午後に練習がある選手たちは、朝食と昼食で十分な炭水化物をとる必要があったわけだ。「昼食で炭水化物をとるのは、午前のハードな練習によって不足したエネルギーを補給するためにも大切です。これを怠ると、練習後に体たんぱく質分解が続いてしまいます」と上村さんは注意を促している。

 エネルギーが不足していては、トレーニングを積んでも筋肉は増えない。柔道発祥国、本家復活を目指す選手たちは、その説明で納得した。週末にランニングやトレーニングなどで体力増進を目指すビジネスパーソンにも同じことが言えるのだ。