
将来の世界史の教科書は、2018年を「米中冷戦がはじまった年」と記述することになるでしょう。10月4日にトランプ政権の重鎮であるマイク・ペンス副大統領が、保守系外交シンクタンクのハドソン研究所で、中国に関する長時間のスピーチを行いました。
ペンスは19世紀以来の米中の友好の歴史を振り返ったあと、「改革開放」と称する中国の市場開放が、政治的自由、個人の人権の尊重、信教の自由に広がるだろうというアメリカの期待は裏切られたと語りました。
今は中国は不公正な貿易、米国企業が持つ知的財産権の侵害と軍事転用、南シナ海での際限なき軍拡、IT(情報技術)を駆使した検閲と監視システムの強化、チベットやウイグルでの少数民族弾圧、あらゆる宗教への政治介入、途上国への投資をてこにした軍事基地の建設、米国内の企業・大学・シンクタンク・マスメディアへの資金提供とプロパガンダ、米国の選挙への介入について実例を挙げてペンスは非難し、「トランプ大統領は引き下がらない。われわれの安全保障と経済のため、力強い態度を維持する」と明言したのです。
覇権国家と新興国との対立が大戦争をもたらす
古代ギリシアで陸軍国スパルタと海軍国アテネが約30年にわたって戦ったペロポネソス戦争。この戦争を記録したアテネの歴史家トゥキュディデスは戦争の要因について、新興国アテネが、旧覇権国家スパルタの地位を脅かしたことにある、と喝破しました。
米国の政治学者グレアム・アリソンは、このような覇権国家の交代が大戦争の要因になっているとして、「トゥキュディデスの罠」と名付けました。覇権国家イギリスに新興国ドイツが挑戦したのが第一次世界大戦、覇権国家アメリカに日本とドイツが挑戦したのが第二次世界大戦でした。
新旧両大国間で譲歩と妥協ができれば、この種の戦争を回避することができます。イギリスからアメリカへの覇権交代は、第一次世界大戦で疲弊したイギリスがワシントン会議で軍縮に応じた結果、平和的に実現しました。
第二次世界大戦後、東欧諸国と東アジアに勢力を拡大したソ連に対し、アメリカは圧倒的な核戦力でこれに対峙し(米ソ冷戦)、直接戦わずにソ連を崩壊へと導きました。
「トゥキュディデスの罠」にかかった帝国陸軍統制派
英・米はロシアの東アジア南下を防ぐため、防波堤としての大日本帝国を育てあげました。日本は日露戦争で英・米の期待に応え、英国は日英同盟、米国はポーツマス会議で日本をサポートしました。日本の戦時国債も、ロンドンとニューヨークで売りさばかれました。
日本は第一次世界大戦にも貢献して国際連盟の常任理事国になりました。しかし、その地位はあくまで東アジアの地域覇権国家であり、米・英に挑戦することは許されなかったのです。ワシントン海軍軍縮条約での米・英・日の戦艦保有率5:5:3はそのことを如実に示しています。日本の経済力を考えれば、この地位に満足すべきでした。
関東軍参謀・石原莞爾は、20世紀の後半に日米が太平洋の覇権を争って激突するという「世界最終戦論」を唱えました。米国との国力の差を縮めるために、満州を占領して工業化し、長期戦に耐えうる体制を確立しようとしました。満州事変(1931年)は、そのために起こしたのです。
しかし、二・二六事件(1936年)を機に日本陸軍の中枢を握った東條英機ら統制派は、石原のような遠大な構想も戦略も持ちえませんでした。補給も考えずに中国戦線を拡大し、日米関係を後戻りできないところまで悪化させ、準備不足のまま真珠湾を攻撃したあげく、4年で国を滅ぼしました。「トゥキュディデスの罠」にかかったのです。
Powered by リゾーム?