ペプチドを作るプロセスを「ハッキング」

それだけ注目されているということは、ペプチドは新しい研究分野だったのですか。

:いや、実はペプチドの研究は歴史が古いんですよ。むしろ、私などは新参者です。私がやろうとしていることは、みんなが昔、過去にやろうとしたことなんです。「特殊ペプチド」という言葉はなくても、そういう天然物みたいなペプチドを合成しようという研究は、以前からありました。

 ただ、我々の視点が違うのは、一気に1兆種類の特殊ペプチドを作ってしまおうと考えたことです。

1兆種類?

:はい。1兆種類というのは、もうたぶん人間の想像を超えた数なんですね。それを、もう一気にめちゃくちゃに作ってしまって、それをライブラリーとして持って、その中からベストなものを探していきましょうと発想しました。

 よく、そんな1兆種類もめちゃくちゃに作ったって、本当にその中にいいものがあるとは限らないでしょう、と言われます。しかし、あるんですよ。1兆種類もあれば、あるんです。

 我々の技術は、ライブラリーの数には上限はないのですが、とりあえず1兆種類持っていれば十分だろうと。DNAのゲノムというか、人工遺伝子の配列があるだけなので、実はいくらでも作れるんです。さらに我々は、その1兆種類の中から、標的に応じてベストなものを見つけ出すシステムを作りました。これは、実は抗体の世界にヒントを得ています。我々の体の中には10の8乗もの抗体がコードされていて、さらに変異も加わると10の11乗ものライブラリーがあります。抗体で10の11乗なら、我々の特殊ペプチドは10の12乗もあるわけですから、ものすごい数なんです。

 我々の技術では、必要に応じてその都度、欲しい特殊ペプチドを作ります。ちょっと変えたいなと思ったら、また別のライブラリーができる。そういう意味では、非常にフレキシビリティーが高い。製薬企業が、「こういうアミノ酸を入れたものを作れるか」と言ったら、すぐに作って試すことができる。まあ、それが私が作った「フレキシザイム」の特徴なんですけれども。

長年の基礎研究の成果ですね。

:そうですね。フレキシザイムというのはRNA酵素で、人工的に私が作ったものです。いろいろなアミノ酸をシステムに組み込むための、いわゆる触媒の役割を果たします。これによって、遺伝子暗号を自分たちで改良、改変して、様々な特殊ペプチドを作れるようにしたのです。

 よく間違えられるのですが、フレキシザイムがペプチドを作っているのではなく、ペプチドを作るもとを作って、実際にペプチドを作るのは、リボソームという別の生体の触媒系です。ようするに、既にある生体の触媒をハッキングしているんです。そのツールが、フレキシザイムです。

リボソームをハッキングする?

:既にあるリボソームを借りて、普通は作られることがない特殊ペプチドを作らせているんです。なぜ、これまで作ることができなかったかというと、遺伝暗号表があるからなのですが、それを変えてしまうことで、ハッキングできるようにした。

そうした発想はこれまでになかったのですか?

:ないことはないです。ただ、これだけドラスティックに変える、あるいは、これだけ何でも対応できるプラットフォーム技術は、これまでありませんでした。フレキシザイムがないと、かなり難しい。だから、多くの製薬会社がペプチドリームと契約するわけです。フレキシザイムがあって、それと組み合わせて翻訳系を動かせるシステムをものすごくきちっと作っているので。実は、その技術さえ渡せば、誰がやってもできるんです。私の研究室では、入ってきたばかりの4年生でもすぐにできるようになる。それだけ、確立した技術なんです。

そうした技術は特許で押さえている。

:もちろんです。ただ、特許を読んだからといって、まねできるわけではない。細かいノウハウが、ものすごいんです。いろいろな決まりがあって、ちょっとでも変えるとうまくいかない。だからこそ、誰も簡単にはまねできない。

そもそも「生命の起源」の謎に関心があった

そもそも菅さんは、生命の起源を解明することに関心があったそうですね。

:そうなんです。薬というのは、結果として出てきました。フレキシザイムの研究は、もともとは遺伝暗号の謎を解くきっかけにならないかなと思ってやり始めた仕事なんですね。

「遺伝暗号の謎」とは、何でしょか。

:遺伝暗号というのは、20種類の普通のアミノ酸がコードされているんですけれども、それはバクテリアから人間まで、全部一緒なんですよ。ということは、生命が誕生していた時には、それができていたんです。遺伝暗号というのは、めちゃくちゃに決まっているようで、実はそうではなくて、何かちゃんとした理由がある。

 しかし、どうやって決まったのか、その理由がわからないんです。鶏と卵の関係で、鶏がタンパク質だとすると、卵はRNAなのですが、タンパク質は、RNAから作られます。その、RNAからタンパク質を作る「翻訳」というプロセスで遺伝暗号表が使われるのですが、実は既にこの翻訳系の中にタンパク質が入っているんです。タンパク質がまだ出来る前に、どうやってタンパク質ができたんだろう疑問が生まれますよね。

 タンパク質を作るシステムの中に、既にタンパク質が使われている。遺伝暗号表を作るための反応、つまり、アミノ酸をここにコードしていきますよという、トランスファーRNAにチャージ(結合)していくプロセスは、すべてタンパク質がやるんです。

 おかしいですよね。タンパク質ができていないのに、何でこれが決まったんだという問題なんです。そうすると、やっぱりRNAがそれを最初に決めたのではないか。それならば、RNAでその反応をさせようというのが、私の発想だったんです。それはみんな、この世界の人たちはそう思っているんですけれども、誰も証明していなくて、我々が結構、最初の頃にそういう仕事をしたということです。

フレキシザイムが、まさにそれに近い仕事をしているということですね。

:そうですね。タンパク質酵素の代わりをやらせているんです。アミノ酸をコードしたペプチドを、自分たちの意図で作れるようにしたということです。