元グーグル、野村達雄氏の統率

 現実世界を歩きながらポケモンを捕まえて遊ぶ──。2014年4月にグーグルが実施した「ポケモンチャレンジ」は、エープリルフールのジョーク企画ながら、ポケモンGOの世界を予見したような内容だった。

 企画したのは当時、グーグルのマップ部門のエンジニアだった野村氏。任天堂のゲーム機でポケモンをやり尽くした「ポケモン世代」の彼は、グーグルマップのどこかに潜む151匹のポケモンを探すという簡単なゲームを作り、2日間の限定で公開した。

 当時、グーグルの別の部門ではグーグルマップと位置情報を利用した新手のゲーム「Ingress(イングレス)」を手掛ける部門も存在した。ジョン・ハンケ氏率いるナイアンティック・ラボだ。この部門が後に独立して、ナイアンティック社となる。

 「ポケモンとイングレスは相性がいいかもしれない」。ポケモンチャレンジでポケモンとの関係を築いた野村氏は、ハンケ氏を連れて2014年5月、東京・六本木ヒルズのポケモン本社を訪れた。

 これを機に、イングレスをベースとしたポケモンGOのプロジェクトが動き出す。「やろう。ただし、先方の開発主任は野村君がいい」とこだわったのが、石原社長だった。

 「最初に野村君は自分の経歴を簡単に紹介させてくださいと、5分間でほぼ人生を完璧に表現してくれて、こんなふうに僕は言えないなと思ったんですね。ビジョンもすごくしっかりしていて、ちょっとほれたと言いますか(笑)」

 秋波を受け2014年10月、野村氏はマップ部門からナイアンティック・ラボへと正式に移り、ポケモンGO開発の責任者となった。結論から言えば、石原社長は「大正解だった」と振り返る。

 「野村君はエンジニアですが、本当にいろいろな人と話をして、チームをまとめてくれた。例えば自分より技術力が高くて、言うことを聞いてくれなさそうな人であっても、非常によくコミュニケーションをして、ちゃんと説得していく。そういうことから、しょうがない、帰って自分で夜中にプログラミングをしよう、ということまで、ある種『何でも屋』だなと」

 ハンケ氏率いるナイアンティックは2015年8月にグーグルからの独立を決めたため、開発チームの再構築などゲーム開発以外の業務も増えた。だが、野村氏は自ら手を動かしながらチームをまとめ上げた。中でもポケモン側との調整は野村氏の最大の功績だろう。

 前述の通りポケモンGOはナイアンティックの開発・配信だが、ポケモンもかなり深く開発に関わった。ポケモンの世界観を保つための進言はもちろん、課金の仕組みや各アイテムの有効時間や料金まで、微に入り細をうがち要望を出した。ポケモン側の窓口となっていた宇都宮崇人・専務執行役員いわく「僕らも我慢強くやったけれど、向こうもすごくフラストレーションがたまっていたと思う」と言うほどだ。

 しかしプロジェクトをまとめた野村氏はこうさらりと言う。

 「僕からすると、同じチームで同じいいものを作ろうという共通のゴールに向かって歩いているので、ポケモンさんの要望というより、こうするともっとよくなるという意見をもらっている感覚の方が強かった。ポケモンがこう言っている、ナイアンティックがこう言っているとか、そういう問題ではないと思うんです」

 無論、ポケモンGOのプロジェクトチームに関わった数十人全員が功労者だが、とりわけ異文化の日米2社がうまく溶け合うよう橋渡しした野村氏の存在は大きい。そしてもう一人、石原社長が強調したメンバーがいる。

 ポケモン全作の制作を担うゲーム開発会社、ゲームフリークの取締役開発本部長で、ポケモン取締役も務めるゲームクリエーターの増田順一氏だ。

本流、増田順一氏のバランス

 増田氏は1996年発売の初代ポケモンから音楽を担当、2002年からはシリーズ全作のディレクターも務めている。言わば、ポケモンを知り尽くした本流。これまで、ポケモンの派生ゲームソフトが幾つか出ているが、増田氏は一貫して「原作シリーズ」の開発にのみ携わってきた。その増田氏に「やってみないか」と初めて原作以外の開発に誘ったのは、石原社長だ。

 「僕の中では、ポケモンGOのプロジェクトって、プロダクトマネジャーとしての野村君の力が一番大きいとは思うんですけれど、やっぱりゲームフリークの増田君の関わりと情熱も大きかったですね」

 「彼の作った音楽や、ボールを投げてポケモンを捕まえる時のアクションや表現のディテールへのこだわりは、見ていてここまでやるの?  と思うほど。野村君もうんざりするほどいっぱい作らされて。でもそのこだわりが、明らかに皆さんの触る感じとか心地よさにつながっていると思います」

 ポケモンGOは“米国製”ながら、増田氏の参加で「ポケモンらしさ」を担保できた。だがポケモンにとってはそれ以上に大きな意味があった。

 原作シリーズは今も進化を遂げており、11月にはニンテンドー3DS向けの新作「サン・ムーン」の発売も控えている。ポケモンにとってはこちらが本業であり、ポケモンGOが本業を毀損するような結果になっては困る。半面、出し惜しみしてポケモンGOがつまらなくなっては本末転倒。

 原作とのバランスをいかに取るか。増田氏はこの難題を見事にクリアして見せた。増田氏はこう解説する。

 「ポケモンGOは外で遊ぶもの。移動して捕まえることを中心とし、原作では家でじっくりと育成や戦略的なバトルを楽しんでもらうよう、方向性を分けた。だからこそ、ポケモンGOでは指で直感的にボールを投げて捕まえるという遊びに奥行きを与え、『Aボタン』を押すだけでボールを投げる原作とは異なる楽しさを追求しました」

 既存事業への影響を恐れ、革新的なことへの挑戦にひるむ、いわゆる「イノベーションのジレンマ」に悩む企業は多い。これをポケモンは既存事業のエースをあえて新規事業へ投入することで乗り切った。

 その決断をした石原社長にとって、もう一人、ポケモンGOを語る上で欠くことのできない人物がいる。昨年7月に逝去した任天堂の岩田聡前社長だ。