西沢眞璃奈氏(左)と麻生要一氏は、社内の新規事業開発を促進する役割を担う(写真:竹井 俊晴)

 麻生要一・新規事業開発室長(取材時点、現在は戦略企画室)はこう語る。「創業時代から培ってきた強力な企業カルチャーや組織運営手法は時代に合わせて言葉を変えながら、今も息づいている。それは江副さんへのリスペクトというより、事業はそうやって作り出すという“信仰”のようなものではないか」

長年続いたリクルート事件の“後遺症”

 次回以降の記事で紹介していく役員陣へのインタビューでも、江副氏や彼が残した「遺産」に対する敬意は強く伝わってきた。人材派遣事業を統括する本原仁志・常務執行役員は、「オープンで透明度の高い企業風土でないと、いい事業は育たない。リクルートがリクルートであり続ける原点を作ったのは江副さん。本当に、ああなりたいと思うような人だった」と話す。

 ここまで取り上げてきた、江副氏の経営者としての力量とDNAについては、紛れもなく今もリクルートの屋台骨となっている「功績」といえるだろう。だが、負の遺産だと指摘できる部分も存在している。

 その一つは、いうまでもなくリクルート事件の“後遺症”だ。政財官を巻き込んだ疑獄事件によりリクルートは社会的に大きな批判を集め、その後は近年に至るまで表立った業界活動や、政界との接触などを控えてきた。今も中高年世代以上には、リクルートに対してマイナスイメージを持つ人も少なくない。

 リクルートホールディングスは14年10月に東証一部に株式を上場。非上場だった時以上に、コンプライアンスの徹底やガバナンスのあり方には厳しい視線が注がれる。同社のホームページでは、経営理念の紹介にあたってリクルート事件の概要と、その反省をもとにどのように理念を制定したかについて細かく紹介されている。事件当時、総務部長の任にあった前出の竹原啓二氏は、「我々は結果的に、社会から生かしてもらった。そのことを忘れてはならない」と指摘する。

 そして、ある意味でそれ以上に重要なのが、江副氏が生み出したビジネスモデルを発展させながら、この先にそれを乗り越えるグローバル企業としての「勝ち筋」を見つけ出すことだ。

 リクルートOBで評論家の常見陽平氏は、「江副モデルの呪縛というのはいまだにあると思うし、フェイスブックやツイッターを凌駕する新サービスが、今のリクルートから生まれてくるというイメージは正直なところない」と苦言を呈する。リクルートが海外での事業展開を強化し、世界の大手IT(情報技術)企業と肩を並べて競争していく姿勢を鮮明にしている以上、競争のステージを一変させるような革新を起こせるかどうかは、同社の将来を左右するといっても過言ではない。

 リクルートホールディングスの峰岸真澄社長は本誌のインタビューで、江副氏についてこう表現した。「リクルートという会社が輝けば輝くほど、創業者である江副さんは注目され続ける。それはとても大事なことだと思う」。輝きを増し続けられるかどうか。まさに現経営陣や現場の社員の挑戦にかかっている。