社内で受け継がれる「江副資料」

 江副氏は生前、一部の著作を除き、公の場で事件について語ることはほとんどなかった。さらに、92年には所有するリクルートの株式をダイエーに売却。経営に関わることは二度となかった。一方、リクルートに残された経営幹部や現場の社員はダイエーの傘下で再建への道を歩み、組織・風土改革を進めながら新たなサービスを次々に生み出していった。

 リクルート社内での江副氏の個人的な影響力は、事件後においてはほとんど残らなかったといえるだろう。それでも、「江副さんの言葉は、ずっと受け継がれている」。こう明かすのは、リクルートライフスタイル・ビューティ営業統括部の川島崇氏だ。

 08年入社の川島氏は、仕事に行き詰まった時などに、江副氏が新入社員に向けたメッセージや当時の会議で使った資料などを先輩にもらい、励まされてきたという。こうした関連資料は社内に全部で20ページ程度伝わっているとされるが、川島氏は「あと3ページ分ぐらい足りないので、どこかにないか探している」と笑う。

川島崇氏は、エアレジを活用して顧客企業の業績改善をサポート(写真:陶山 勉)

 川島氏は小売店や飲食店を対象にした、POS(販売時点情報管理)レジサービス「エアレジ」を活用。担当する栃木県の居酒屋チェーンの注文率や売上構成比などのデータを分析し、メニューの組み合わせや接客の改善などを通じて客単価を高める成果をサポートした。「担当する企業の近くに引っ越すぐらい、クライアントのことはなんでも理解するつもりでいる」と川島氏。こうした営業担当者の仕事に対する姿勢は、江副時代からリクルートの事業を支える強固な“足腰”であり続けている。

 さらに若い世代にも、江副DNAについて聞いてみた。14年に入社したリクルートホールディングス次世代事業開発室の西沢眞璃奈氏は、「正直、江副さんがどういう方かはよく分かっていない。それでも、自分なりに考えると、独自の社風や社員の行動にそのDNAはあるのかなと思ったりもする」と語る。

 それは、ビジネスの準備における仮説検証について、まず徹底的に顧客企業やサービスの利用者について突き詰めて考え、「憑依」することだという。「サービスの対象になる人のライフスタイル、例えば朝何時に起きて、どんな食事をとって、どれぐらいお金に余裕があるか。そうしたポイントから多くの情報を集めてビジネスモデルを組み立てる。ものすごく利用者に入り込む考え方をしているのがリクルートの文化だと思う」(西沢氏)

 西沢氏はこうした考え方や姿勢を、具体的な新規事業の開発につなげた。スマートフォンやタブレットで薬局に服薬・健康に関する相談をできる「すこやくトーク」だ。同サービスは17年度の「グッドデザイン賞」も受賞。全国に約5万8000店もある薬局と人々を身近につなぐサービスとして高い評価を受けた。

 江副DNAが脈々と流れることを象徴するのが、本誌記事でも紹介した言葉や制度だ。社内で合言葉のように交わされる「おまえはどうしたいの?」「ちょっといいですか?」というやり取り、「FORUM」などの大規模な表彰制度、新規事業開発のコンテスト「リクルートベンチャーズ」――。