船着き場のベテランの決意

星のや京都の宿泊客は船で旅館を訪れる(写真:大亀京助)
星のや京都の宿泊客は船で旅館を訪れる(写真:大亀京助)

 エンパワーメントによって盤石に見える星野リゾートの働き方だが、ときには亀裂が入りそうになることがある。

 星のや京都(京都市)は客室稼働率が9割と高いうえに、客室平均単価が9万3000円というハイグレードな施設だ。それだけスタッフの働き方の異変はサービスに影響を与える可能性がある。

 同施設で働くスタッフはパートも含めて約100人いる。その1人である野口義洋はホテルの専門学校を経て2001年に新卒で星野リゾートに入社。先代までの温泉旅館があった時代を知る数少ないメンバーだ。

 入社してからずっとマルチタスクで働いてきた野口は、創業地である長野県軽井沢町のホテルブレストンコートや界出雲(島根県松江市)での勤務を経て09年、星のや京都の開業と同時に赴任した。

野口は先代までの温泉旅館があった時代を知る数少ないメンバー
野口は先代までの温泉旅館があった時代を知る数少ないメンバー

 星のや京都の宿泊客は嵐山の渡月橋付近の船着き場から船に乗って旅館を訪れる。船を操るのは星野リゾートのスタッフだ。野口もこの業務のために船舶免許を取得。当初はフロント、清掃などのマルチタスクのなかで船の業務も担当する形だった。

 それが台風のときに船の係留も任されるなどするうちに、野口は「替えのきかない業務」との思いが強くなり、ほかの仕事にないやりがいを感じるようになった。その一方、船以外の通常のマルチタスクの業務について、野口はいつしか「皆が同じようにできるのだから、自分でなくても仕事は回る」と思うようになり、力が入らなくなった。

 さらに「フロントでのチェックインなどの業務はおじさんである自分よりも若い社員が担当したほうが、アンケートによる顧客満足度調査で高い評価が獲得しやすい」ととらえるなど、消極的な姿勢が目立つようになった。

 マルチタスクの星野リゾートだが、ジョブローテーションの組み方によっては業務に偏りが出てくることがある。野口の場合、船の業務にこだわるようになった結果、活動領域はそれまでにないほど狭くなった。

次ページ 「組織がおかしくなる元凶に自分がなってしまう」