ブランド・ポートフォリオ戦略
デービッド・アーカー著
本書に紹介のマスターブランド戦略を熟読し、自社のブランディグに導入

 星野リゾートの施設名は現在、社名の「星野リゾート」の次に施設の特徴を示すブランド名(「星のや」「界」「リゾナーレ」「OMO」)を付け、最後に地名を入れることになっている。施設の特徴に合うブランドがない場合は、社名+施設名とし、無理にルールにあてはめない。全施設に社名を入れたのは「運営施設に一体感を持たせてグループの施設内のリピーターを増やす」「海外などでのプロモーションの効率を上げる」などの狙いがある。それまで施設名がバラバラだったため、プロモーションを打っても効果が限定的だったが、ブランドを統一したことで、効果的なプロモーションが可能になった。

 ブランドの構成を考えるうえで参考にしたのが米経営学者、アーカー氏の著書だ。星野リゾートという社名を共通で入れるのは、同書が示すマスターブランド戦略に基づいている。ブランドづくりの過程では創業390年を超える老舗の名称も変更することになり、星野は「苦渋の選択ではあったが、同書の理論があったおかげで迷うことなく進むことができた」と話す。

 ブランド名を決めるときには、外国人が呼びやすい、呼び間違えがない、これまでに使われていない、などを基準にした。「星のや」「OMO」は星野リゾートが新たに名前を決めた。「リゾナーレ」「界」はもともとは他の会社が運営していた施設名で、運営を引き継いだ後に共通のブランド名として他の施設に広げた。

 星野によると、世界のホテル運営会社は原則としてブランドを価格帯によって分けている。このため、同じホテル運営会社内のブランドの違いは価格の違いに重なる。これに対して星野リゾートでは2018年のOMOブランド立ち上げにあたってまず、新ブランドによって都市観光という新しいカテゴリーをつくることを考えた。このため、まず都市にあるホテルをビジネス目的、観光目的という軸でとらえ直すことから始めた。この分類ではOMOは当然、観光目的に位置する。ただし、都市観光は多様で施設によってサービスの幅に違いがある。違いを分かりやすく示すために星野リゾートはOMOの場合、OMO7旭川、OMO5東京大塚のようにブランドの次に数字を入れる工夫を取り入れた。数字が大きいほど提供するサービスの幅がある。

 一方、世界のホテル運営会社はこのところ、ブランドを増やす傾向にあり、20、30のブランドを抱えている会社もある。これに対して星野は「ブランドを増やしすぎている」とみる。合併を繰り返したこともあるが、星野が指摘するのはむしろ、施設の所有会社との関係でブランドを増やしている面がある点だ。

 どういうことか。例えばある都市でホテル運営会社A社がBというブランドのホテルを運営しているとき、A社はBの所有会社との契約によって同じブランドのホテルをつくることができないことがある。こうしたとき、A社が同じ都市にもうひとつ別のホテルをつくるため、Cという別のブランドを使う。ブランドを変えることで同じ都市に別な所有会社の下でも施設を運営できるようになる。こうしたオーナー事情の取り組みが、ブランド数が増える背景にあるとみている。「20も30もブランドがあったら差異化するのは不可能だし、顧客にとってのブランドになっていない。いずれブランドの淘汰が始まるだろう」と予測する。星野リゾートはこうした状況を踏まえながら、ホテルの特徴ごとのブランドづくりを意識しているという。

 ブランドについて星野がもう1つ指摘するのが希薄化だ。ホテル業界は運営全体を任せるサードパーティー型の運営会社が急増。大手ホテルチェーンもサードパーティー型を使うことが増えている。海外では同じ都市にある別のチェーンのホテルの運営会社が実は同じサードパーティー型であることは珍しくないという。運営マニュアル自体も重なる部分が大きく、ブランドの存在意義が問われている。

 料飲部門に所属する小野寺雅昭は53歳。地元旭川出身の小野寺は個人経営のレストランなどの勤務を経て2001年、前身の旭川グランドホテルに入社。レストランでソムリエを務めてきた。しかし、ずっと働いてきたフランス料理のレストランが閉鎖になるなど、職場環境の変化に向き合ってきた。

 星野リゾートの運営への変更が決まったとき、「何かが変わりそうだ」と期待感を持った。星野リゾートは北海道ではトマム(北海道占冠村)を再生したことで知られ、小野寺はテレビ番組を通じてその取り組みについてそれなりに知っていた。このため不安よりも「星野リゾートになってどう変わるのか」という興味のほうが強かった。

 代表の星野から最初の説明があるという日、普段着の男性がすっとオフィスに入って来ると、小野寺の隣に座ってノートパソコンを広げた。この男性が星野だと知ったとき、小野寺は驚くしかなかった。それまでホテルの経営陣は仕切りに囲われた別室で仕事をしており、現場とはどこか遠い存在だったからだ。

フラットな組織はトップダウンで入れる

 星野はこの日、「フラットな組織」の導入を宣言することから始めた。

 星野リゾートではさまざまな経営情報を公開。社員はお互いに言いたいことを言いたいときに言いたい人に言いながら業務の改善を進める。そのためのツールとして一人ひとりがメールアドレスを与えられ、社員は突然、星野流で自由に議論するフラットな組織に置かれた。

 説明を聞いていた小野寺は「情報共有はすごくいい」と思った。いろいろなことができそうだと感じた。その一方で、会社を紹介する映像には愕然とした。年齢に関係なく自由に発言するスタッフの姿に対して、正直なところ「なんだこれは……」と思った。小野寺にとって、星野リゾートのフラットな組織はそれだけ違和感があった。

ソムリエ出身のベテラン、小野寺は当初、フラットな組織にとまどった(写真:船戸俊一)

 ただし、これは小野寺だけの話ではない。既存施設の運営に着手する場合、それまでの働き方に慣れた社員のなかにはフラットな組織になじむまでに時間がかかる人がいる。なかには、どうしても受け入れられず、辞める社員が出てくることもある。フラットな組織だけが原因でないが、旭川の場合、運営が変わってから10人ほどが会社を去った。「それでも星野リゾートにとって大きなバリューであり、やってもらうしかない。だからフラットな組織の導入はいつもトップダウンで行う」と星野は話す。

 総支配人の日生下和夫は前職もホテルで、星野リゾートに移った後、2008年から界出雲(島根県松江市)、界日光(栃木県日光市)などで総支配人を務めてきた。日生下は赴任するとすぐ、フラットな組織を徹底するためにそれまであった支配人室の壁を取り払った。そして、スタッフと同じ環境で働く形に改めた。

 日生下は星野のリクエストも踏まえ、約200人の社員からコンセプト委員会のメンバー選びに着手。メンバーは立候補でも募った。最終的に年齢が若手からベテランまで多様で、部門もさまざまな社員約30人を選んだ。当初はコンセプト委員会を宿泊とレストランの2つに分けた。

 小野寺はレストランのコンセプト委員会のメンバーに選ばれた。ただし立候補したわけではなかった。「いろいろなキャリアの人を選ぶなかで、たまたま入ったのだと思う」と話す。それまでレストランのメニュー企画などの経験はあった。しかし、ホテル全体について考えるのは、キャリアの長い小野寺にとっても初めてだった。