一流人が実践する健康マネジメント術を紹介する本コラム、東京証券取引所の宮原幸一郎社長の最終回となる今回は、「健康経営銘柄」を選定している同社が取り組む施策や今後の課題のほか、「人生100年時代」を見据えての備えについて伺った。
私ども東京証券取引所は、経済産業省とともに、日本再興戦略に位置付けられた取り組みの一環として、「健康経営銘柄」を選定しています。これは、社員をはじめとする従業員の健康保持・増進を、経営的な視点で捉えて戦略的に取り組むことで、従業員の意欲や生産性、企業価値などを高め、ひいては収益の向上や株式市場の活況につなげることを期待した施策です。
選定にあたっての「健康経営度調査」は平成26年度から始まり、今年で3年目を迎えました。おかげさまで、「健康経営」という言葉はかなり周知されるようになりました。東京証券取引所に上場している企業を対象に、健康経営に優れた企業を1業種につき1社選定しているのですが、選定されることを目標にする企業も多くなってきているようです。大学生が就職活動を行ううえでも、いわゆるホワイト企業・ブラック企業を見極める指針の一つにしているという声も聞かれ、健康経営は人材確保の観点からも重要になってきていると思います。
働き方改革の一環として、インセンティブプランを導入
健康経営銘柄を選定する立場にある自社でも当然、働き方改革の推進は大きな経営課題です。その一環として、当社を含む日本取引所グループ(JPX)では今年2月に、社員と会社が目標を共有して取り組めるインセンティブプランを導入しました。この制度では、「株式付与ESOP(Employee Stock Ownership Plan)信託」と呼ばれる仕組みを採用しています。ESOP信託が取得した当社株式を、経営指標の目標(ROE:株主資本利益率10%以上)と生産性にかかる目標(社員の総労働時間の削減)の達成状況によって個々の社員に付与し、退社時に交付するというものです。
ROEの目標値を掲げる企業は多くなっていますが、これに総労働時間の削減目標をリンクさせることが肝で、社員の意欲の高揚や、さらなる生産性の向上につながることを期待しています。
このほかにも、全社員を対象とした「フレックスタイム制」や「在宅勤務制度」などさまざまな取り組みを実施しています。フレックスタイム制や在宅勤務制度は特に、育児や介護といった時間などに制約のある社員から好評のようで、アンケート調査でも「安心して仕事と育児が両立できるようになった」「仕事が効率的に進められる」といった声が多く見られました。
フレックスタイム制のコアタイムは午前9時45分から午後2時45分としているので、早く退社する社員は朝7時前に出社することになります。そうした早朝出社をする社員には、軽い朝食を無料で提供しています。
“長生きするリスク”が市場にも影響
前回にもお話しさせていただきましたが、やはり個々の家庭や生活の充実があってこそ、仕事にも意欲的に取り組めるものだと思っています。家庭や生活がおろそかになると、結果として仕事にも影響しますし、逆に家庭や生活を顧みずに仕事ばかりに専念すると、家族に負担をかけたり、心身の健康を害してしまうこともあるでしょう。ワークとライフ、そのバランスが取れることが大切ですし、会社としても、それを後押ししていけたらと考えています。
そうした中で、育児関連の支援は充実してきましたが、介護関連はまだ模索しているところです。というのも、育児の苦労は職場でもオープンに話せる人が多い一方で、介護についてはなかなか話せない傾向があるようで、実情を把握しづらいのです。介護の問題は今後ますます大きくなってくるはずですし、どのように対応していくかが今後の重要な課題だと思っています。
介護の問題は、自分が支える立場になるだけでなく、支えられる立場になる可能性もあります。昨今、“長生きをするリスク”という言葉を耳にすることがあると思います。これまでは、子どもや孫にいかにうまく自分の財産や資産を譲り渡すかということが、基本的な概念としてありました。ところが、自分が今後長生きをして介護が必要になってしまった場合に、経済的に子どもや孫に迷惑をかけたくない。充実した老後の生活を送るためには、健康であることはもちろんのこと、老後に備えた資産形成や運用が大変重要な課題となってきているんですね。
第2の人生をいかに健康で充実して過ごせるか
今、「人生100年時代」「定年後の生き方」などをテーマにした本がよく読まれていますが、今年で60歳になった私にとっても、それは大きなテーマになっています。かつては60歳、65歳で定年を迎えると、第2の人生は20年程度でした。でも今は、さらに20年延びる可能性があるとなると、人生設計も大きく変わってきますよね。第2の人生の40年を、“長生きするリスク”を負わずに、いかに健康で充実して過ごせるか。それを、定年を迎えてから考えるのでは遅い。今から準備をしておかなければと、かなり真剣に考えるようになっています。
定年後はワークとライフのワークがなくなるわけですから、働いている今のうちから、ソーシャルとの関わりを持つことも大切だと思っています。それは、地域社会との関わりでも、ボランティアでも、趣味でもいい。
私は例えば、学生時代はギターを弾いていて、社会人になってからはチェロを買って習っていたことがありました。ずいぶん長い間、そのままになっていたのですが、最近になって妻がチェロを弾き始めたので、私もまた何か楽器を始めたいと思っているところです。妻と一緒にチェロを弾くのもいいですし、今まで演奏したことのない管楽器にもチャレンジしてみたい。60歳になってからサックスを始めた知人がいるのですが、肺活量が上がって健康にもいいと話していました。そんなふうに考えたり、楽器店を訪れてみたりする時間もまた楽しいので、これからあれこれゆっくりと考えていきたい思っています。
(まとめ:田村知子=フリーランスエディター/インタビュー写真:村田わかな)
宮原幸一郎(みやはら こういちろう)さん
東京証券取引所 社長

1957年生まれ、東京都出身。1979年慶応義塾大学法学部卒業後、電源開発(現Jパワー)を経て、1988年東京証券取引所に入所。2009年東京証券取引所グループ常務執行役、2013年日本取引所グループ常務執行役および東京証券取引所常務執行役員、2014年日本取引所グループ専務執行役、2015年6月から現職。
Powered by リゾーム?