仕事においては、やはりカラダが資本。多忙な中でも最高のパフォーマンスを発揮し続けるには、日ごろからの健康管理が欠かせない。一流人が実践する健康マネジメント術を紹介する本コラム、今月は元プロ野球選手で、現在はスポーツライター、キャスターとして活躍する青島健太氏にご登場いただく。第1回はスポーツには欠かせない「水分補給」にまつわる思い出を語っていただきました。

 現在はどんなスポーツでも、のどの渇きを覚える前に水分補給をすることが、もはや常識となっています。最高のパフォーマンスを発揮するためにはもちろんのこと、発汗による脱水症状など身体へのダメージを抑えるためです。

 ところが、私の高校時代の野球部はもちろん昭和の頃は、「練習中は水を飲むな」が常識でした。高校は埼玉県立春日部高等学校という公立の進学校で、練習は放課後の2~3時間程度。夏休みには1日中の練習がありましたが、いずれも練習中には、水を飲ませてもらえませんでした。それでも、隠れて水を飲んでは叱られたものです(笑)。当時は大真面目に「水を飲むとパフォーマンスが下がる」と思われていたんですね。

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慶応大野球部では氷水と塩を用意

 一方、慶応大の体育会野球部では、練習の合間に自由に水が飲めた。これには「大学はさすがに違うな」と驚きました。今から思い返しても、当時にしては先見性があったのではないでしょうか。

 グラウンドのダッグアウトに、直径80cm程度の特大ポリバケツに入った氷水と柄杓(ひしゃく)が用意されていて、その脇には塩も置いてありました。その塩をなめて、柄杓ですくった氷水を飲んだりすると、生き返ったように力が湧きましたね。

 練習中は水分補給も楽しみでしたが、そのための氷を買いに行く時間はさらに心待ちにしていました。グラウンドから歩いて10分ほどのお米屋さんに、リヤカーを引いて数貫の氷を買いにいくのは、1年生の役目。この当番が、10日に1度は回ってくるのです。

 リヤカーを引いて氷を買いにいくなんて、面倒じゃないかと思われるかもしれませんが、お米屋さんのおばさんが、当時は米屋でしか買えなかった清涼飲料水「プラッシー」をくれたんですよ。それを飲みながら、「どこから来たの?」と聞かれて出身地の話をしたり、「最後まで頑張って続けなさいね」と励まされたりするのが、何よりの安らぎでした。というのも、志半ばで辞めてしまう新入部員が多いことを、おばさんは知っていたからでしょう。私の代でも、35人が入部して、10人が途中で去って行きました。