人工クモ糸、遺伝子組み換え微生物が製造する蛋白質の糸

 生物を利用した物質生産のうち、バイオテクノロジー分野での新しい取り組みとして注目されるのが、人工クモ糸による繊維や衣料品、工業製品などの製造だ。蛋白質でできたクモの糸は、強度は鉄鋼を上回り、ナイロンよりも伸縮性に勝り、耐熱性は三百度を超えるとも言われている。

 クモの糸を構成する蛋白質の遺伝子を微生物のゲノムに組み込むことで、微生物にクモ糸の原料を作らせ、新しい物性を持つ繊維を作り出す。そんなイノベーションに挑戦しているのが、関山和秀取締役代表執行役が率いる「Spiber(スパイバー)」だ。慶應義塾大学発のベンチャーで事業拠点は山形県鶴岡市にある。

 2007年に設立された同社は、人工クモ糸繊維の量産技術の開発にめどをつけ、2014年には部品メーカー小島プレス工業との合弁でXpiber(エクスパイバー)を設立。2015年には年産20トンまでの生産能力を有する設備を稼動させた。小島プレス工業はトヨタ自動車の協力企業である。

 同社は、まずはアパレル市場をターゲットにクモ糸繊維の開発を進め、2015年9月に「QMONOS」と名付けた繊維を用いたアウトドアジャケット「MOON PARKA」をゴールドウィンと共同開発した。現在、発売の準備を進めている。さらに自動車部品に使える素材の開発も進めている。

低コスト化が普及へのカギ

 目的遺伝子を導入した生物を蛋白質の製造装置として使う取り組みは古くからあった。遺伝子組み換え技術が登場した1970年代に入ると蛋白質の量産が可能になったが、製造コストが課題になっていた。

 実際、スパイバーは組み換え微生物による蛋白質の製造コストの壁を打ち破るべく、様々な面から検討を重ね、本格的な研究を開始して以来、生産性を4500倍に向上させ、製造コストは5万3000分の1に低減させたという。

 ただし、蛋白質でできた人工クモ糸によって化学繊維の市場を代替しようと狙うなら、更なるコスト削減と、クモ糸を構成する蛋白質を改良して多用な物性の繊維を作り出していく取り組みが今後も不可欠となる。

スマートセルインダストリー

 有用な蛋白質の生産に遺伝子組み換え生物を利用する技術を幾つか紹介してきたが、生物が作れるものは蛋白質だけではない。微生物や酵素を利用して化成品を生産することもできる。

 この方法を「バイオプロセス」と呼び、1980年代後半から研究開発が続けられてきた。さらにここへ来て加速するゲノム解析の成果とゲノム編集の技術を活用すれば、微生物に様々な遺伝子を導入して、従来は作れなかった化成品を生産できるのではないかと期待されている。

 こうした賢い細胞(スマートセル)が産業を革新する経済産業省の「スマートセルインダストリープロジェクト」を締めくくりに紹介しよう。

 バイオプロセスはすでに実用が進められている。例えば抗生物質などの医薬品原料やビタミン、アミノ酸などの中には、微生物などを利用して生産されてきたものがある。汎用化学品の中にも、排水処理剤などとして利用されるアクリルアミドのように微生物を用いて生産しているものがある。アクリルアミドはかつて金属触媒などを使い、化学反応を進めて生産されていたが、微生物が持つ酵素による反応がそれにとって換わった。

 バイオプロセスは工業的な生産方法と違って、高温、高圧といった特殊な条件を必要とせず、省エネルギー、低環境負荷で化成品を製造できる。にもかかわらずバイオプロセスでの商業生産に成功した化成品はアクリルアミドやプロパンジオール、コハク酸など数えるほどしかない。

 生物の体の中で進む化学反応をコントロールするのはそれほど難しいのだ。