気鋭の経済論点
2019年からの3年間、真のおもてなしを学ぶ好機
日本が初めて迎える「ゴールデン・スポーツイヤーズ」
ラグビーワールドカップ(W杯)を皮切りに、3年連続で国際的なスポーツイベントが日本で開催される。スポーツ産業の裾野を広げるためには、日本の魅力を発信するための「インフラ作り」が欠かせない。
(日経ビジネス2018年10月22日号より転載)
桂田 隆行[かつらだ・たかゆき]
日本政策投資銀行
地域企画部参事役
北海道大学法学部卒業、1999年日本開発銀行(現日本政策投資銀行)入行。ホテルなどへの融資業務に従事、2012年地域企画部。スポーツの地域への活用などが専門。
2019年9月から始まるラグビーワールドカップ(W杯)日本大会まで1年を切った。20年には東京オリンピック・パラリンピック、21年には参加型スポーツ世界大会の「ワールドマスターズゲームズ」が関西で開催される。3年連続で国際的なスポーツイベントがあるのは初めてで、「ゴールデン・スポーツイヤーズ」と呼ばれる。
政府は25年にスポーツ産業の国内市場規模を15兆円と12年(5兆5000億円)の3倍弱に引き上げる目標を掲げている。これは大枠では、スポーツ関連企業の売上高の合計。競馬など公営競技、学校体育などの教育関連費用は除かれている。
スポーツ産業の付加価値高めよ
日本政策投資銀行が同志社大学と連携して試算したスポーツ産業GVA(粗付加価値)は、14年に6兆7011億円。資料がそろっている11年との比較となるが、ロンドン五輪を1年後に控える英国が4兆6278億円だったのに対し、日本は6兆6416億円と実額ベースでは英国より多い。だが産業全体に占める割合は1.39%と、英国の半分ほどだ。わが国においてスポーツ産業の市場規模が今より後退することはないと考えているが、ゴールデン・スポーツイヤーズを経て、どこまで伸ばせるのか注目されるところだ。
そのトップバッターが、ラグビーワールドカップである。国際スポーツイベントの規模としては、五輪、サッカーワールドカップに次ぐとされる。当行がまとめたリポートでは、開催都市に及ぼす経済波及効果は2330億円。ワールドカップの大会組織委員会は、日本全体に4372億円の経済波及効果があるとしている。
観客動員数は右肩上がり
●ラグビーW杯の観客動員数とTV放送国数の推移
出所:日本政策投資銀行の資料より作成
(写真=Press Association/アフロ)
ラグビーワールドカップは全国12の都市で試合がある。期間は1カ月半とオリンピックなどに比べて長丁場で、試合数は予選と決勝を合わせて48ある。まず、約200万人と想定される訪問者(うち海外からは41万人)の宿泊費や飲食費、交通費などで1422億円の直接効果が見込まれる。さらに、これに伴って誘発される財やサービスの生産額など間接効果が908億円となる計算だ。
ラグビーワールドカップの特徴は観客に比較的富裕層が多いことだ。彼らが試合を観るため、日本の各地を訪問することになる。各都市では大会期間中に観光消費単価のアップが期待されるが、当然、ここで終わらせるべきではない。富裕層はインフルエンサーであることが多く、SNS(交流サイト)で自ら発信してくれる可能性も高い。日本中の街を世界にアピールできる、絶好のチャンスととらえるべきだ。
JTBは英国のホスピタリティ専門会社スポーツトラベル&ホスピタリティグループ(STH)と合弁会社を設立し、富裕層向けのスポーツ観戦パッケージを展開する。観戦チケットと併せ、会場で様々な付帯サービスを提供するようだ。選手と直接触れ合う機会を設けるなど、非日常感を演出する取り組みも広がるはずだ。地域、企業、組織委員会などが一体となって、例えば、選手を招く朝食会を企画するなど、付加価値の提案ができないだろうか。
医療・健康の分野でも、地域への産業の浸透が期待される。ラグビーのトップチームには、選手のケアをするチームも同行する。彼らは運動による予防医学のプロだ。大会終了後、スポーツ医学などを地域にレガシーとして残すことができれば、大きな課題である健康寿命の長期化など高齢化社会への対策につながるかもしれない。
20年にはオリンピック・パラリンピックが控えている。大イベントが続くことの意味は大きい。誘客・送客関連やデジタル分野では、ラグビーW杯での経験や反省をさらに規模の大きな五輪で生かすことができる。当行では五輪の経済波及効果は算出していないが、東京都は直接的効果、レガシー効果を合わせ全国で32兆円規模の経済波及効果が見込まれると発表している。
日本は小売り・サービスに商機
●スポーツGVAの内訳
注 : 日本政策投資銀行まとめ、いずれも2011年、1ポンド127.934円で計算
集客力高める仕組みづくりを
12年にオリンピック・パラリンピックを開催した英国のケースでは、この間に蓄積した運営ノウハウを活用して、海外でコンサルティングをするという新たな「輸出」産業が生まれた。前出のSTHもその典型例だ。英国では、スタジアム設計の建設コンサルティング事業も根付いている。ラグビーワールドカップと東京オリンピック・パラリンピックの大会組織委員会はそれぞれ独立している。だが互いに連携して切磋琢磨(せっさたくま)することで、ノウハウの蓄積が拡大していくだろう。
日本を訪れる観光客は年々増えているが、日本の「集客力」をさらに高めるうえで欠かせないのは、移動や消費をよりしやすくすることだろう。例えば、交通チケットの共通化やキャッシュレス決済の浸透などだ。
キャッシュレスの普及は政府も推奨しているが、ゴールデン・スポーツイヤーズをきっかけに本格導入できないものか。インセンティブは必要だが、空港で標準的な決済アプリをダウンロードするような仕組みを導入すれば、訪日客の消費行動が変わるはずだ。
イベント開催は、多言語への対応、案内サインの統一など、訪日客がより楽しめることを念頭に置いた様々な「おもてなし」を学ぶ機会ともなる。日本の高い技術力を世界に示すと同時に、国内外の来訪者を国際的な幅広い視点をもってもてなすノウハウを得る。それらのノウハウは、海外輸出できる新たなサービス産業の誕生にもつながる。
(聞き手=北西 厚一)
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