企業と連携して新規事業を生み出す「オープンイノベーション」が脚光を浴びる。うまくいかないケースが多い背景には、日本企業が抱える構造的な課題がある

(日経ビジネス2018年9月17日号より転載)

西野 和美[にしの・かずみ]
一橋大学准教授

一橋大学商学部卒業、化学メーカー勤務を経て、2001年一橋大学大学院商学研究科博士後期課程単位修得退学。02年一橋大学博士(商学)。17年から現職。

 企業がどうすれば、斬新な新規事業を生み出せるか。その手段の一つとして注目されているのが「オープンイノベーション」だ。

(写真=PIXTA)

 自社と外部のアイデアをうまく組み合わせて新しい価値を生み出そうというこの考え方は、米カリフォルニア大学バークレー校経営大学院のヘンリー・チェスブロウ客員教授が2000年代に提唱し、世界に広まった概念だ。日本でもすっかり定着した感がある。ただ一方で、実際にオープンイノベーションがうまくいっているケースはあまり多くない。

 経済産業省による16年の調査では、「オープンイノベーションの取り組みが10年前に比べ活発化しているか」という問いに対し、企業の半分以上が「ほとんど変わらない」または「後退している」と答えた。

 なぜうまくいかないか。その背景には、そもそも企業が新規事業自体を創出しづらくなっていることがある。壁となっているのは新規事業に取り組むことに対する、企業の価値観だ。失敗を成功への過程と考えられるか、それとも単なるコストと捉えるかが、大きく左右する。

 日本は「失敗を許さない社会」といわれるように、後者の考えを持つ企業が多い。難しいのは、失敗をコストと見なす考え方そのものを、正面からは批判しづらいことだ。

技術は見える化できない

 上場企業であれば「経営の透明化」をするのが当たり前の時代である。もちろん、株主保護などの観点から必要なことではあるが、この副作用が実はやっかいだ。経営の透明化のため、企業は四半期ごとに決算発表をし、売上高や営業利益といった、定量的で目に見える分かりやすい物差しを使って、説明責任を果たすことが求められる。

 この傾向は、過去の実績を透明化するためだけでなく、将来的に取り組む新規事業についても決して例外ではない。その際に悩ましいのは、企業の中に蓄積されている技術やアイデアのもつ可能性が、お金に換算したり数値化したりしにくいこと。つまり透明化が困難なのだ。経営の透明化が求められれば求められるほど、数字で前向きに説明ができないものは、それだけで懸念や批判の対象になる。そして企業はそうした、説明責任を果たせないものを避けようとする。

 ここで、新規事業を始めるにあたり企業が陥りがちなのが、「既に誰かがやっていることに飛びつく」ことだ。リチウムイオン電池や太陽光発電の技術開発などの事業は、いい例だろう。他社が既に取り組んでいて、それが事業として成り立っていそうだとみるや、そこにある程度大きな市場があることを示してくれそうな気がしてしまうのだ。

 結果的に一つの分野、商材に企業が群がり、その事業はあっという間にレッドオーシャンになる。分かりやすい説明責任を求められるプレッシャーにさらされ、他社の模倣にばかり走るうちに、いつしか企業は自分たちだけでは新しいものを生み出せなくなってしまったのである。