試算の手がかりにしたのが過去に発生した巨大地震のデータだ。2011年の東日本大震災で集めた膨大な交通データを参考に、南海トラフ地震で道路網がどの程度破壊されるかを推計した。

西日本の太平洋側を中心に被災する
●内閣府が南海トラフ地震で予想する震度6以上の地域
西日本の太平洋側を中心に被災する<br /><small>●内閣府が南海トラフ地震で予想する震度6以上の地域</small>

 加えて1995年の阪神大震災のデータや、内閣府が公表している津波の浸水エリアを基に生産設備の破壊状況を推計した。

 こうして得られた道路と生産設備の被害データを、人や物の移動を考慮したSCGE(空間的応用一般均衡モデル)と呼ばれる経済モデルに入力することで、最大級の震度の場合、南海トラフ地震直後にGDP(国内総生産)がどの程度落ち込むかを割り出した。

 その後の回復のペースは、阪神大震災と同じと仮定した。阪神大震災では20年かけて被災地のGDPが少しずつ回復していったことが今回の分析から分かった。同じ回復曲線を南海トラフ地震に適用すると、被害額は20年間で合計1048兆円となった。これは南海トラフ地震が発生しなかった場合に予想されるGDPとの差額である。

 さらに内閣府が想定する建築物や港湾の被害を加えて、日本全体の経済被害は20年間で1410兆円という数字を弾き出した。まさに「国難」といえる状況だ。

阪神大震災は回復に20年かかった
●全国を基準値とした場合の阪神大震災の被災地のGDP
阪神大震災は回復に20年かかった<br /><small>●全国を基準値とした場合の阪神大震災の被災地のGDP</small>
出所:土木学会のレジリエンス確保に関する技術検討委員会

 ではどうすればいいのか。被害を減らすには、耐震補強工事が有効だろう。今後38兆円をかけて道路や建物、港湾の耐震性を強化し、さらには強い防潮堤を整備すれば、20年間の被害額を509兆円減らせる。

 財政への影響も調べたのが今回の試算の特徴だ。財務省が失う税収は20年間で131兆円に達した。一方で耐震補強工事は財政的被害の軽減にも有効で、54兆円圧縮できることが分かった。これはつまり、耐震補強に38兆円を費やせば、税収が54兆円増えることを意味している。差し引き16兆円のプラスだ。

 防災事業は財政を悪化させるのではなく、むしろ「健全化」につながるのだという発想の転換が必要だ。税収基盤を守るためにも、財務省はより積極的に防災事業に予算をつけるべきだろう。

経済的被害は巨額だ
●大震災の被害額と耐震補強の効果

地震名 直接的被害
(ストック)
間接的被害
(フロー、20年累計)
耐震補強
費用 減災額
南海トラフ地震 170兆円 1240兆円 38兆円 509兆円
首都直下地震 47兆円 731兆円 10兆円 247兆円

 ただし防災の公共工事を施しても、1000兆円近い規模の被害が残り、国難から逃れられるわけではない。筆者はさらに被害を減らすため、都市機能の地方分散が必要と考える。

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