下の折れ線グラフは、ノーベル経済学賞を受賞したジェームズ・ヘックマン教授が提唱した、人的資本投資の収益率を年齢別に表したものだ。収益率は子供の年齢が低いほど高いことが証明されている。

年齢が低いほど投資効果が高い
●人的資本の収益率
小さいうちから「非認知能力」を育むことが将来の能力開発につながる
注:縦軸は人的資本の収益率を、横軸は子供の年齢を表す
出所:Heckman,J.J,&Krueger,A.B.(2005) Inequality in America:What role for human capital policies.MIT Press Books.(写真:アフロ)

 この結論は、ヘックマン教授が1960年代から約40年かけて追跡調査した「ペリー就学前プロジェクト」によって示された。就学前の幼児に対し、午前中に毎日2時間半ずつ教室での授業を受けさせたところ、教育を受けたグループは受けなかったグループに比べて高学歴で、所得の高い人が多かった。

 授業では、忍耐力、やる気、自信、協調性といった、学力テストなどでは測れない能力、いわゆる非認知能力を高めることに重点を置いた。子供の自発性を大切にし、働きかけ方を工夫した。

 非認知能力は知識や技能を自分で獲得するスキルにつながるものだ。人生の早い段階でこれらを習得できれば、教育投資の収益効果は高まる。すなわち、質の高い幼児教育こそが重要であることが、この実験で証明されたのだ。

 日本の話に戻ろう。日本の公的教育は初等教育(小学校)と中等教育(中学・高校)に予算を厚く配分する傾向があり、就学前教育には手薄である。下の棒グラフはGDPの何%を就学前教育に充てているか、国別に示したものだ。日本はOECD平均の18.8%を10ポイント以上下回っている。幼児教育無償化でこの低水準は多少は是正されるかもしれない。だが「質」そして「効果」の面では改善が望めるだろうか。

日本は就学前教育予算が少ない
●在学者1人当たりの就学前教育の公財政教育支出が 1人当たりGDPに占める割合
注:公財政教育支出は、公費負担(国や地方自治体が拠出する教育機関の運営費、人件費などの費用)と、私費負担(家庭が教育機関に支払う保育料、授業料など)から成る
出所:OECD「図表でみる教育」

 教育無償化は需要サイド、つまり教育サービスの利用者にお金を渡す施策だ。これでは教育の質は高まらない。

 「保育園落ちた日本死ね」という言葉が示すように、日本では保育施設が足りていない。希望する就学前教育を受けられない、つまりサービスにアクセスすらできない人が大勢いる中で、お金を渡すだけでは何も変わらない。

 全ての世帯を一律に無償にするという方針も問題をはらむ。低所得者など、社会的弱者を救う意味合いは薄れ、高所得者に有利に働くからだ。これでは「バラマキ」と変わらない。

 そもそも、日本の就学前教育の普及率は既に95%を超えている。保育園に入れないから幼稚園に通わざるを得ない、といった問題を考慮しなければ、ほとんどの世帯の子供が保育園か幼稚園に通っている。低所得世帯に対する費用免除などの制度も既に存在している。改めて費用を無償化する必要はまったくないのである。

供給サイドへの投資が必要

 では、どこにお金を振り向けなければならないのか。重要なのは、就学前教育のサービス供給者に対する投資だ。保育園の数を増やす、保育士の給与水準を上げるといった問題にまず資金を投入すべきで、それにプラスして就学前教育の質を底上げする必要がある。

 「保育の質」をどのように測定するか、その手法も確立する必要がある。米国などでは「保育環境評価スケール」と呼ばれる、保育の質を客観的に測る評価基準がある。135にわたる項目をチェックして質を評価する。こうした「教育の見える化」が進めば、教育の何に投資すれば質が高まるか、尺度が明確になるだろう。

 今回の無償化に向けた財源は、消費税率引き上げで得られる5.6兆円の税収の中から捻出される。子育て世帯以外の人々にも負担を強いるだけに、実りある教育投資の在り方をもっと模索すべきだ。さもなければ「社会全体で教育費を負担することが、次世代の発展につながる」というコンセンサス自体、得られなくなってくるだろう。