まず打席に立つ回数を増やす

濱松誠(パナソニック):挑戦できる場って、言い換えると「打席に立とう」ってことなんですよ。この言葉自体は手垢が付いていますが、実際にできている人って本当に少ない。スタートアップだったり、いわゆるイントレプレナーだったり、メディアで見かけるような人くらいしかいない。僕らはその母数を増やしていきたい。

 まず打席に立つ回数や打席に立てる場所を増やす。そして、その打席で空振りしたり失敗したりした経験を共有したいんです。「失敗自慢大会」じゃないけど、「これをやろうとしたけど、こういう理由で失敗した」ということを言い合う。もうOne JAPAN内での会話では自然発生的にかわされていることですが、次のフェーズではもっと意識的にやっていきたい。

今、濱松さんから「次のフェーズ」という言葉がありましたが、この1年の中で、One JAPANが次のフェーズに移行しつつあると感じたことは。

大川:一つは、それぞれの企業の若手有志団体が、その企業の経営陣に認められ始めたという点だと思います。

 メディアへの露出が増えたこともあって、社長や会長が「うちにもこんな活動があるのか」と気付いた。経営陣から人事を通して「意見を聞きたい」という話が来たり、実際に経営陣とミーティングを持ったりする団体が増えています。

 One JAPAN以前はなかなか経営に認めてもらうのが難しかったのが実情です。One JAPANによって僕らの活動が認知され始め、活動がしやすくなった。動きやすくなったと感じたのは、発足から半年ほど経ったころかなと。

濱松さんはいかがですか?

濱松誠(パナソニック)
1982年生まれ。2006年パナソニック入社。2012年に若手の有志団体「One Panasonic」を立ち上げ、部門を越えた全社一体化をリードする(写真=吉成 大輔)

濱松:何度でも言いますが、1つは仲間ができたこと。これはやっぱり大きいんですよ。そして2つ目は、その仲間が分科会を立ち上げて自発的に動き始めたこと。その動きが「CEATEC」に出展できるレベルまで高まってきた。何を持って「オープンイノベーション」と呼ぶかは別にして、いわゆる事業の掛け算ができるようになってきた。

 そして最後はNHKの有志団体の一人である神原一光さんが中心となって、1000~1500人の若手の声を「意識調査」として集めて、働き方に対する考え方を提示できるようになった。