場所を作っただけでは回らない

大川 陽介(富士ゼロックス)
1980年生まれ。2005年、富士ゼロックス入社。12年、有志団体「秘密結社わるだ組」を立ち上げ、社内外の壁を超えた「人のつながり」を作る活動を続ける(写真=吉成 大輔)

大川陽介(富士ゼロックス):One JAPANはそれぞれの企業の有志団体の集まりなので、今、濱松が言ったような活動を、僕らは1年前まで企業の内部で取り組んでいました。僕なら富士ゼロックスの「わるだ組」という有志団体で活動してきました。

 僕らが企業内で活動してきた経験で言うと、場所を作っただけだとうまく回っていかない。その「場所=プラットフォーム」の上で、どんなソフトウェアを動かしていくか。そのソフトをうまく作れるのか。One JAPANを立ち上げた時も、そこをすごく心配していました。

 ただ、いざ立ち上げてみると、その場所に集まってきたメンバーの熱量と行動力が想像を超えていた。僕らが何か工夫して仕掛けなくても自然発生的にプロジェクトが立ち上がり始めた。分科会がどんどん生まれて自走し始めた。

 具体的に言うと、One JAPANでは様々な企業がコラボレーションして、「CRE-P」というロボットを開発しています。様々な人のスキルとリソースを持ち寄って、プロジェクト開始から2カ月で「人工知能EXPO」に出展できるレベルまで持っていけた。

 一つは明確なビジョンがあったからだと思っています。イノベーションを起こす組織体はビジョンドリブンで動いているとよく聞きますが、実感はなかった。でも、One JAPANはできている。それが感じられた1年間だったと感じています。

山本 将裕(NTT東日本)
1987年生まれ。2010年NTT東日本入社。15年にNTTグループの有志団体「O-DEN」を立ち上げ、社会と会社を変える活動を続ける(写真=吉成 大輔)

山本将裕(NTT東日本):あっという間の1年でした。個人的には、同じような悩みを抱えている仲間がこれほどいるのか、と気付けたことが大きかった。大川さんの言う通り、仲間が集まったことでコラボレーションが生まれ始めました。ただ課題としては、もっと会社を巻き込んで企業間連携までのインパクトを起こしたい。

One JAPAN以前は、皆さんそれぞれ企業内の有志団体で活動していました。私が調べた限り、各団体が立ち上がった時期は2012年〜2014年に集中している。つまり、それぞれの企業内で同時多発的に若手の有志団体が生まれたという印象を持っています。時代性のようなものを感じます。

大川:一つは東日本大震災があって、若手が自分たちの人生をもう一度見つけ直したことがあるんじゃないかと思っています。山本は特にそうでしょう?

山本:私はまさに震災の瞬間に宮城県女川町で営業車に乗っていて、眼前で道路が2つに裂けるという経験をしました。今でもはっきり覚えています。それから、「何かできることはないか」という気持ちが芽生えたのはその通りだと思います。