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トラウマを抱える子供たち

 雇用不足はアリゾナ州の最南端という立地の問題がまず大きい。最寄りの大都市、ツーソンからはクルマで1時間以上かかる上に、岩山とサボテンばかりの道路は状態がいいとは言えず、途中でスマートフォンも圏外になる。インフラがプアなため企業の誘致は難しく、雇用はもっぱら警察や消防、医療福祉サービスなどの公的部門か4カ所あるカジノである。

 企業が進出してこないのは保守的な土地柄も災いしている。 

 「われわれは企業に対してオープンだよ」

 そうバーロンは言うが、実際に工場を建てるとなると、地元や評議会との協議、電気や水道、道路への投資など気の遠くなるようなプロセスがかかる。広大な土地や安価な人件費に目をつけて関心を示す企業もしばしば出るが、時間がかかりすぎるので背を向けてしまう。

 率直に言ってネーションの経済状況は厳しいが、かといって予算が枯渇しているわけではない。特に、カジノはネーションの主要な財源で、コミュニティカレッジの設立や医療機器の調達、糖尿病予防のためのスポーツジムもカジノ収入でまかなった。数百マイルあるネーション内の道路整備にもカジノ収入が充てられている。

 もっと言えば、雇用がないわけではない。

 評議会には雇用の機会があり、実際に欠員がある。だが、そういった仕事に就くのに必要な資格を持っている人間が現実にいない。仮に条件を満たしていたとしても、働く意欲があるかどうかは別の話だ。

 ネーションの西の端にあるカジノを覗くと、部族民の警備員の横で部族民がスロットに興じていた。日本にいた時にしばしば多摩川競艇や平和島競艇に足を運んだが、平日にいるのは小銭を賭けて遊ぶ年金受給者が大半だった。トホノ・オーダムの場合は若い人間が多い。

 ヒッチハイクで移動している住民は今も多いが、車を持っているのであれば、ツーソンに行ってウーバーの運転手になるという選択肢がある。部族の伝統的な文化があるのであれば、ソノラ砂漠の薬草を使ったセラピーを旅行者に提供するのも悪くないだろう。だが、外の世界の状況を知らなければ発想は出てこない。「知らない」ということは最大の障壁だ。

ネーションの外れにあるカジノ

 現在の惨状を招いた一つが人々の教育に対する意識なのは間違いない。教育は高校で十分という親が多く、子供を大学に行かせることにずっと無関心だった。現在も43.9%が高卒資格以下の卒業資格しか持っていない。

 長年、都市から隔離されたコミュニティで生活していれば、自分もその中で暮らし続けるのが当たり前だと思うようになる。アルコールやドラッグの依存症が蔓延するなど荒れた家庭環境で暮らしていれば、学業を続けることも難しい。実際、祖父母や親戚、シェルターで育てられる子供は数多い。

 バボキバリ学区では、ホームレスの子供向けに食料や衣類、シャワーなどを提供している。学校内の倉庫を覗くと、パスタやマカロニチーズなどの食料品に加えて、サイズの異なる靴や下着などが並んでいる。すべて寄付によるものだ。学校に来れば、夏休みの間も朝食や昼食を食べることができる。

 バボキバリ学区のスーパーインテンデント(教育長)を務めるエドナ・モリスはこう言ってため息をつく。

 「家庭に問題を抱える子供たちはみんなトラウマをもっています。数多くのトラウマを背負っていれば、学ぶことはできません」

 仮に大学に進学したとしても、ネーションの生活に慣れた子供たちは外の世界で別の試練に直面する。

 80年代に大学進学率が伸びた時期もあったが、都市での生活に適応できず、大学に進学した学生の大半が一学期を終える前に中退した。ネーションの大自然の中で暮らしてきた子供たちにとって、ツーソンやフェニックスは全く異なる別世界。同質的なコミュニティで暮らしてきた子供たちには刺激が強すぎたのだ。

 教育に対する意識の低さと荒れた家庭環境など様々なものが絡み合って、ネーションの貧困は再生産されていく。

バボキバリ学区の教育長を務めるエドナ・モリス