全11331文字

内側から崩壊する“国家”

 サンミゲル・ゲートをあとにした取材班はバーロンのクルマに乗って国境線を西に向かった。左には車止めの鉄柵が延々と続いている。だが、涸れ川のくぼみをいくつも乗り越えると、20分ほどで鉄柵もなくなった。目の前には小高い岩山。クルマでは乗り越えられない天然の要害である。

 米墨国境は3000キロを越える。その中にはティフアナやサンディエゴのような大都市もあるが、大半は人口密度の低い辺境である。仮に壁を築いたとしても、乗り越えるか穴を掘るかすればそれで済む。目に見える象徴として後世に刻む以外に壁を作る意味はない。

 周囲を見渡せば、テパリービーンが自生している。暑さや乾燥に強いテパリービーンは砂漠の民に欠かせないタンパク源だった。

 ネーションがあるエリアは7月から8月にかけて雷雨を伴ったスコールが降る。実際に雨が降ると道路が冠水して身動きが取れなくなるほどだ。彼らの祖先はこの時期の雨を用いてテパリービーンを栽培した。発芽の際には水分を豊富に含んだ土壌が必要だが、テパリービーンの生育は早く、芽さえ出てしまえば乾燥環境でも育つ。数千年にわたってソノラ砂漠で生き抜いたトホノ・オーダムの命の糧だ。

 彼らはまた、煮た草花に足を浸して体を癒やしたり、お茶にして飲んだり、砂漠に自生する植物を薬草として活用した。自然環境は異なるが、足下の環境を生かして効率的な農業を構築したという意味では日本の中山間地に似ている。豊かな自然環境をベースに、独自の言語や踊り、音楽なども花開いた。

 だが、部族の伝統的な生活は既に過去のものになりつつある。ネーションは内側から瓦解していると言っても過言ではない。

 端的に言えば、貧困と依存症だ。

 バーロンが誇るように、美しいソノラ砂漠は変わらず大地の恵みをトホノ・オーダムに提供している。だが、大都市から遠く離れた辺境に雇用はなく、米国の発展から完全に取り残されている。働く意欲を失った人々はフードスタンプ(貧困層向けの食料補助)とアルコールに依存しており、米国流の食生活に染まったことで糖尿病に罹患しているる住民も数多い。

 経済指標を見れば、その惨状は一目瞭然だ。

 2012~16年のAmerican Community Surveyによれば、失業率は28.2%と同期間の全米の失業率(7.39%)の4倍近い。他のインディアン居留地の平均と比べても倍以上だ。そもそも仕事を探していない住民も多く、労働参加率は52.5%と全米のデータよりも10ポイント以上低い。世帯所得の中央値は2万5430ドルと全米平均の3分の2。貧困率も45%に達する。

 「それは、取り組まなければならない課題だ」 

 ハンドルを握るバーロンの顔が曇る。