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想像上の境界線

 想像上の境界線--。そうバーロンが語るように、トホノ・オーダム族にとって国境線は後から人為的に引かれたものに過ぎない。いわば、国家間の力関係によって勝手にできたものだ。だが、架空の国境線は確実に彼らの生活や文化を分断している。

 メキシコ・ソノラ州に2000人の部族民が住んでいるように、トホノ・オーダム部族の大半は両方のエリアに親族がいる。先祖の墓は両サイドにあり、教育や医療サービスを受けるためにメキシコ在住の部族民がトホノ・オーダムに来ることも少なくない。

 彼らが大切にしているいくつかの儀式も両国にまたがっている。

 トホノ・オーダムの新年は7月初め。その時期は45度を超える日もある酷暑だが、毛布のような衣装を身にまとい、ビーズや貝殻、羽などで装飾されたマスクを身につけて昼夜問わず踊り続ける。その舞台はメキシコ側だ。

 10月の第一週には聖フランシスの巡礼がある。この時には4日かけてメキシコの教会を一軒ずつ歩いて回る。毎年数百人の部族民が国境を越えるという。また、思春期になった若者が150マイル離れたカリフォルニア湾のピナカーテまで塩を取りに行くという風習もある。彼らが取ってきた塩は儀式で用いられる。

 正直に言えば、1980年代までは国境の往来に大して支障がなかった。国境は存在したものの、実際の管理はルーズで自由に行き来しても問題はなかったからだ。だが、ドラッグの流入増や2001年9月11日の米同時多発テロの影響で米国の国境管理は次第に厳しくなった。そして、ドラッグや不法移民の輸送を防ぐため、2006年に国境線に車止めの鉄柵が敷設される。

 もっとも、ササベやルークビルなど正規の国境ゲートはネーションから離れており、国境管理を厳格に運用するとコミュニティを完全に分断することになってしまう。そこで、米政府はネーション内の国境ゲートを3カ所に縮小する一方、例外としてトホノ・オーダム族専用のIDを作ったのだ。

 そして今、「トランプの壁」がネーションを揺さぶっている。

 国境管理の厳格化を訴えるドナルド・トランプはその手段として国境の壁建設を強く訴えている。だが、実際に壁が建設されれば、想像上の境界が本物のバリアになってしまう。住民の往来はもちろんのこと、動植物を含め、彼らが神から負託されている大地も大きな影響を受ける。それゆえに、壁については明確に反対している。

 実際のところ、車止めについてもネーション内には異論があった。だが、車止めは鉄条網こそ巻かれているが、丈は低く、野生動物の行き来に支障はない。車止めの設置には同意したのは自然環境や野生動物には影響を与えないと判断したからだ。だが、壁となれば話は変わる。

 「あなたの家の真ん中に壁を作ったら家の中を歩けないだろう? それと同じことだ。かつてトホノ・オーダムの長老たちはこう言っていた。『連邦政府がこの大地を汚すようなことはもう許さない』と。私は長老たちの精神を引き継いでいる。私が壁を作らせない。たったひとりになったとしても作らせません」

 国境について話し合うため、バーロンは「(ネーション内の)100キロの国境線を一緒に歩こう」と大統領に招待状を出した。だが、トランプはまだ来ていない。

この先の山では車止めもなくなる