観客数こそ少ないが、ファンの忠誠心は極めて高い。選手の野球道具などを運んでいたカウボーイハットのジェームズ・ギルバートは3年前に高速道路の看板でペコスの存在を知って以来、ペコスの熱烈なファンになった。今では試合の手伝いをするだけでなく、来たばかりの選手にツーソンを案内したり、食事に連れて行ったりしている。
「よく試合を見に来るの?」
「毎試合、欠かさず見に来ているよ。最初に来たのは3年前かな。ただのファンだよ」
「メジャーリーグは?」
「見ない。家にテレビがないから」
「さっきは何かを運んでいたけど」
「ああ、あれは氷水だよ。この太陽の下だ。気持ちよくプレーするためには冷たい水もあった方がいいだろう。それで用意しているんだ」
「ここは選手とファンの距離が近い」
「その通り。ここに来れば、試合前に選手と話すチャンスがある。彼らがどこから来て、どこの学校に行っていて、という話を聞くと親しみが増すんだ。メジャーリーグでは選手と話すことはできないだろう?」
「季一郎はどう?」
「彼は本当にナイスな若者だ。この間はサンドイッチを持って私の父の牧場まで連れて行った。外国から来た選手だから、ツーソンのいろいろなところを見せたかったんだよ」
「オフシーズンはなにをしている?」
「正直、喪失感しかない」
南北戦争がベースボールを国民的競技にした

引退した後にペコスリーグに関わる選手もいる。
バックネット裏で選手の名前をアナウンスしていたザック・カプロウスキは今日の対戦相手、サンタフェ・フエゴに所属した元投手だった。カリフォルニアのカレッジでプレーした後、ミズーリ州のカレッジリーグに所属、その後、ペコスに移籍した。現役を引退した後は大学院に進み、今はインターンとしてリーグ運営を手伝っている。
「私がペコスにいたのはわずかな期間だったが、ツインズのマイナー経験者がいたり、オーストラリアから来た選手がいたり、様々な国から集まった様々な選手がいた。素晴らしい経験だったよ。今はこうして運営面を学んでいる」
「2週間前に来た主審はMLBの審判とスカウトだった人だ。スカウトの目に触れる機会も間違いなく多い。ここはおすすめだよ」
7回表のフエゴの攻撃が終わった後、“Take me out to the ball game(私を野球に連れてって)”が球場に鳴り響く。聞く人間をノスタルジックな気分にさせる米国野球観戦の定番だ。観客は立ち上がり、思い思いに口ずさんでいる。
ベースボールの起源については諸説あるが、イギリスで流行っていた遊びを移民が持ち込んだものがルーツとされている。そんなベースボールが米国の「国民的遊技」となったのは米国を二分した南北戦争とその後の工業化の影響だ。とりわけスポルディング社を創設したアルバート・G・スポルディングの影響が大きい。
内田隆三の『ベースボールの夢』に詳しいが、19世紀後半から20世紀初頭にかけてアメリカの野球界をリードしたスポルディングは、ベースボールは米国発祥だと主張、起源を調べる調査委員会の設置を主導した。その結果、今の形のベースボールを考案したのは南北戦争に従軍した北軍の士官(後に将軍)であり、その場所も彼の出身地だったニューヨーク州北部のクーパーズタウンということになった。実際、クーパーズタウンにはMLBで活躍した選手やベースボールの発展に貢献した人物をたたえる「名誉の殿堂」がある。
ただ、ベースボールが米国起源なのか、またクーパーズタウンが発祥なのかは確証がない。その中でスポルディングが米国起源説を強く主張したのは、商業的側面はもちろんだが、南北戦争で分断した米国を再統合していくために、米国のアイデンティティを想起させる物語が必要だったという面がある。ベースボールは北軍、南軍の兵士に愛されており、両軍の兵士が従軍中に試合をしたという逸話も残る。融和のための素材としてはうってつけだった。
加えて、19世紀後半に加速した都市化もある。
農業の機械化と工業化の進展によって、移民として農地を開拓した農民は都市に流れ込み、大量生産・大量消費社会を支える消費者に変わった。結果として従来の地域共同体は衰退、それまでの中間層は都市の工場労働者という新しい中間層に再編成された。地方から都市への人口移動、農村部のコミュニティの衰退、中間層の没落など社会構造が大きく変化する中で、古き良きアメリカを想起させるスポーツとしてベースボールが祭り上げられたのだ。
「ベースボールはアメリカ人が発明したアメリカのスポーツだ。ベースボールが好きなことに理由なんてないよ」
カウボーイハットのジェームズがそう語るように、ペコスのような地方の独立リーグに観客が魅了されるのは、郊外のスモールタウンというノスタルジーを感じ取れるためだろう。たとえそれが白人のアイデンティティだとしても。

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