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 「監督という仕事は楽しい?」

 「面白いが厳しい生活だ。夏の時期、毎年70~75日は連続で球場に来る。今日の天気はまだ過ごしやすいが、気温が40度を超える日もある。そこで野球をするのはタフだよ」

 「今日も38度はあるが……」

 「今日の天気はナイスだ(笑)。女房の理解だって必要だ。女房は夏の間、姿を消すことに一度も不満を言わなかった。ふたりの娘が小さかった時も毎日野球だ」

 「選手がやめたいと言ったら引き留める?」

 「ここにいる誰もが野球を愛しているが、シーズンも終わりになれば多くの選手が見切りをつけて別の人生を歩み始める。彼らには彼らの人生がある。いい子に出会って子供ができるかもしれない。稼ぎのいい仕事につかなきゃいけない。彼らの人生だ。引き留めるようなことはしないよ」

 選手は月に300ドルから400ドルは稼ぐとコミッショナーのダンは語るが、選手に聞くとほぼ無給だ。プロと言いつつ稼ぎがほとんどないペコスについては批判もある。夢をあきらめきれない若者を薄給で集めて興業を成立させているという批判だ。もっとも、カネがないからこそ得られるものもある。コミュニティの愛情である。

ホームランを打ったり、連続三振を奪ったりすると、チップを入れるための帽子が回ってくる

 その本質を垣間見た気がしたのは6回裏のことだ。

 チャーリーと同じく、カンザスのカレッジリーグから転戦してきたコーリーがライトスタンドにソロホームランをたたき込む。すると、帽子を持ったスタッフが観客席を回り始めた。ご祝儀のチップを集めているのだ。5回終了時点での観客はわずかに73人。だが、1ドル札で埋まった帽子を見て、コーリーは思わず仲間とハイタッチした。

 「おい、20ドル札が入っているぜ!」

 コーリーの一撃でスコアは7対0。スカイラーは三塁を踏ませぬ投球で本格派としての実力を遺憾なく発揮している。試合の大勢はほぼ決した感があり、バックネット裏では女性がBGMに合わせて女性が踊り出すなど、球場は弛緩した雰囲気になりつつある。

選手8人がホームステイしていたことも

 現実問題として、選手とリーグはコミュニティに支えられている。ホームランや奪三振のご祝儀が選手の稼ぎになっているのもそうだし、試合前にファンが荷物運びを手伝ったり、選手に寝泊まりする場所を提供したりするのもそうだ。とりわけ、稼ぎのない選手にベッドやシャワー、日々の食事を提供するホームステイ先の存在は大きい。

 季一郎やチャーリー、アレックスにベッドを提供しているデイビッドとローラのマーティン夫妻もそんなホームステイ先のひとりだ。

 5月にあった開幕前のエキシビションマッチを見に行ったところ、大きなバッグを抱えた選手たちが途方に暮れていた。試合後、ホームステイ先の家に振り分けられる予定だったが、全員分の家が決まっていなかったのだ。その様子を見かねたマーティン夫妻は行き先の決まっていない選手をそのまま連れて帰った。

 「シーズン当初は8人の選手が家にいた。我が家のベッドルームは3部屋でひとつはわれわれが使う。ひとつの部屋に2段ベッドがあったが、それではとても足りないので、みんなリビングのソファや床で寝ていたよ(笑)」

 その後、ホームステイ先が決まった選手が出ていき、最終的に季一郎とアレックスが2段ベッド、チャーリーが残りのベッドルームという部屋割りになった。

 試合翌日の10時にお邪魔すると、アレックスとチャーリーは爆睡しており、キッチンには昨晩のラザニアの残りが置いてあった。選手たちはマーティン夫妻が用意した食事に加えて、冷蔵庫の中にあるものを自由に飲み食いできる。食費に週200ドルほど使っているが、その価値はあるという。

マーティン夫妻の家には一時、8人の選手が寝泊まりしていた

 「体力の有り余った男がたくさん家にいて大変では?」

 「全然問題ありません。私には養子の姉がいるし、私の父にも養子の兄がいた。私自身、別れた旦那と孤児を引き取っていたし、夢を追う若者を手助けするのは好きだし」

 「季一郎は素晴らしい若者だけど、まさか28歳だとは思いませんでした。結婚しているという話も全く知らなかった。うちに来てしばらくして、フェイスブックの彼のプロフィールを見た時に「既婚」となっていて、『えっ、何っ』て(笑)。その後、彼の野球歴や飼っている亀の話など個人的なことをいろいろ聞きました。カナダで縫製の仕事をしていたという話も驚いたわね」

 「彼らが帰った後は?」

 「次は留学生がうちに来る。ドイツ人の女の子と、韓国人の男の子だ。彼らが国に帰れば、またペコスの選手だ」

 「常に誰かを引き受けているんですね」

 「楽しいよ。ペコスの連中が来るまで仕事の後は家でテレビを見ていたが、今は毎日野球観戦だ。ここで選手をみている方がいい。いつの日か誰かがビッグになって、我々に“I love you”と電話してくれるのを願っているよ」