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 ここでプレーしている選手は大学時代にドラフトにかからず、ペコスに流れ着いた若者ばかり。だが、不思議と悲壮感はない。逆にプロとしてのプライドと、野球を続けられる喜びにあふれている。過酷な環境に弱音を吐かないのも、そういったプライドと喜びがあるからだ。

リリーフ投手と内野手を兼任するアレックス。父親が米軍に勤務していたため幼少期は沖縄で過ごした。横の女性は母親

 リリーフ投手と内野手を兼任する二刀流のアレックス・ヘルナンデス。彼はリーグが終盤に差し掛かった7月上旬にロズウェル・インベーダーズから移籍してきた。ニューメキシコ州ロズウェルはUFO墜落事件で知られるUFOの聖地。実際、ロズウェルの町には至るところに宇宙人のオブジェがある。

 最底辺の野球リーグと言われるペコスリーグだが、そこでもプレーできない若者は大勢いる。ケガのため、収入のため、家族が生まれたため、など様々な理由で夢をあきらめる。その中でアレックスは2016年以来、ペコスリーグでプレーを続けている。

 上位リーグのスカウトが見に来ると言っても、それはチームのポジションに穴が空き、早急に埋めなければならない場合ぐらい。チャンスは間違いなくあるが、蜘蛛の糸は限りなく細い。それでも、糸自体はたれており、愛して止まない野球を続けることができる。彼はその機会に感謝しつつ、全力でプレーしている。

 「私より優れたプレーヤーは大勢いるだろう。だが、ここでプレーしているのは彼らではなく私だ。この状況が当たり前の環境だとは思っていない。だから、懸命に努力している」

夢の途上にいるペコスリーグの選手たち

 6月にサグアロスに加わったダコタ・エドワード。彼は最速140キロ台後半のストレートを武器に試合を組み立てる先発ピッチャーだ。カリフォルニア州立大学スタニラウス校で活躍したが、大学時代にはドラフトにかからず、次の場所を探しているときにサグアロスのコーチから電話が来たという。

 「プロ野球選手になるという目標はここで達成した。次の目標はMLB(メジャーリーグ・ベースボール)。自分の潜在能力は分かっている。スカウトも自分の力を知っているはず。ここでもう一度、自分の名前をスカウトに知らしめるだけだ」

 ロッキー山脈の麓、ワイオミング出身の左腕、カイル・アトキンソンも境遇はダコタに似ている。

 彼はアリゾナやテキサス、ミズーリなどのカレッジでプレーしたが、最後のミズーリのカレッジでコーチとそりが合わず、ペコスリーグに流れてきた。持ち玉は2mを越える長身から繰り出す最速95マイルの直球とスライダーのコンビネーション。とりわけ右打者の膝元にスライダーが決まる日は打たれる気がしない。

 「残念ながら、大学のドラフトにはかからなかった。新たなスタートを切るためにここに来た。稼ぎはほぼゼロだが、野球ができる以上は大した問題ではない」

メキシカンリーグから落ちてきたダニエル

 ここには上を目指す選手だけでなく、落ちてきた選手もいる。

 リリーフ左腕のダニエル・エンリケ・アルバレス。彼は昨年所属していたトレインロバーズでの活躍が目に留まり、マイナーリーグの3A〜2Aレベル相当と言われるメキシカンリーグに引き抜かれた。ところが、2018年のリーグが始まって2カ月後に契約解除、旧知のビルに拾ってもらってサグアロスに入団した。

 「今の目標はここの仲間といい成績を残すこと。その後はより高いリーグに行くか、海外でプレーしたい。日本もいいね」

 試合の方は4回裏にサグアロスが追加点を奪いリードを広げる。先発のスカイラーは尻上がりに調子を上げており、フエゴにつけいる隙を与えない。気がつけば、いつの間にか日が暮れている。ライトスタンドの向こうを見ると、メキシコとの国境付近で稲妻が光っている。アリゾナでは夏の午後に、いつも雷を伴ったスコールが降る。国境付近では急激な雨によって道路が冠水することも少なくない。

 野球を始めた頃はみなプロを夢見るが、中学、高校、大学とレベルが上がる中で自分の実力と現実に折り合いをつけていく。だが、季一郎を含めペコスリーグの選手は夢の途上にいる。ほとんどの選手にとってはMLBでプレーすることなど夢物語だが、体が続く限り夢の舞台に近づこうと努力している。筋金入りの“野球狂”、もっと言えば夢をあきらめきれない“夢ゾンビ”である。

 監督を務めるビルからしてそうだ。サグアロスを率いてまだ1年目だが、ペコスリーグの監督は8年、野球の監督歴は46年に及ぶ。73年の人生の3分の2を監督として過ごしている計算だ。これまでに勝利した試合は1400試合。現役時代を含め、野球人として試合に出たのは5000試合を越える。

 「チームを率いる上で重視していることは?」

 「私が重視しているのは勝利だ。バケーションのためにここに来ているのではなく、指にチャンピオンリングをはめるためにここにいる」

 「なぜ勝ちにこだわる?」

 「昔から負けるのは大嫌いでね。勝負は常に勝ちたい。そして、勝てば選手のキャリアアップにつながる。スカウトが注目するのは勝っているチームだ。勝っているチームの監督に『いいセカンドはいないか』と電話してくるんだ。最下位のチームに電話なんてしてこないよ」

 「上のリーグに行く選手は実際にいるの?」

 「昨年の夏、私は8人の選手を登録名簿から外した。全体の3分の1だよ。彼らは上位のリーグに移っていった。それも勝っていたからだ」

監督として1400試合に勝利したというビル

 若い頃は1960年代半ばに存在したプロリーグ、コンチネンタル・リーグでプレーしていた。27歳で現役を引退した後はアリゾナ州フェニックスで中古車販売店を創業、経営のかたわらサマーリーグの監督を務める生活を始めた。