全8476文字

 eコマースのフルフィルメントセンターとして成長する可能性もある。

 米国の消費者がeコマースで買う商品にはメード・イン・チャイナのアイテムも多いため、関税が課されればここも大打撃を受ける。一方で、個人が米国に商品を持ち込む際の免税金額の上限は800ドルだ。理論上、ティフアナ郊外のエンセナータ港やロスのロングビーチ港に商品を持ち込み、メキシコで梱包や仕分けをして米国の消費者に配送すれば、購入金額800ドルまでは免税扱いになる。

 この後、トランプ政権がIMMEXを潰しにかかる恐れはもちろんある。ただ、トランプ政権のターゲットは中国であり自動車だ。そこまではしないとボールドウィンは見ている。

ハイチ出身のテオドール。ブラジルから来た

 それに国境都市の発展は米国にとって悪い話ではない。

 12月にメキシコ大統領に就任するアンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール(AMLO)は北部国境地域の最低賃金を2倍に上げると公約した。既に失業率が2.0%だということを考えると、今後の平均賃金の上昇は必至だ。仕事を求めて南部から北部に移動するメキシコ人も増えるに違いない。

 これまでであれば、そういったメキシコ人はそのまま国境を渡り米国に密入国した。だが、メキシコ国内で割のいい仕事に就けるのであれば、わざわざリスクを冒して密入国する必要性も薄れる。

 実際に、それを想起させる現象も起きている。

メキシコにとどまったハイチ人

 2010年にハイチを襲った大地震の後、多くのハイチ人が仕事を求めて祖国を離れた。初めに彼らを受け入れたのはオリンピックの開催を控えて建設ラッシュが続いていたブラジルだった。だが、2016年の夏季オリンピックが終わると建設需要は急減、ブラジル政治の混乱もあり、彼らはアメリカを目指した。当時のオバマ政権が人道的な見地から入国を許可したためだ。

 ところが、後にオバマ政権が方針を転換、大量のハイチ人がティフアナで足止め状態になった。その時にメキシコ政府が彼らに労働ビザを発給したことで、ハイチ人はそのままティフアナで働き始めた。

 Craftechの受付に座っていたテオドールもブラジルから米国を目指した移民のひとりだった。当時住んでいたブラジルの地方都市からペルーに飛び、そこから長距離バスと小さな船を乗り継いでティフアナにたどり着いた。

 ところが、着いてみると足止め状態の同胞が大勢いる。彼自身も米国に行こうと思っていたが、諦めてティフアナで働き始めた。2017年2月のことだ。そして、工事現場で働き始め、別の工場に移り、もっといい仕事につこうとCraftechの面接に来た時に取材班に出会ったのだ。

 ハイチ人がメキシコにとどまっているのは人道的な見地からメキシコ政府が労働ビザを発給したため。中南米から来る移民のすべてをメキシコが食い止めるわけでもない。ただ、メキシコ国内に機会が増えれば米国を目指す人間も減る。

 「最大の心配事はトランプ政権ではなく賃金上昇」

 IABのゴディングが率直に語るように、ティフアナの競争力は安価な人件費であり、賃金が上がれば競争力を失う。もっとも、賃金上昇はティフアナに進出している外資系企業にとってコストアップ要因だが、AMLOは付加価値税の引き下げも主張しており、賃金上昇の一部は吸収される。賃金上昇によって、タイトな労働環境が緩和されるメリットの方が大きいとボールドウィンは見る。

 いずれにせよ、ティフアナのIMMEXを通して、トランプ政権による既存秩序の破壊の中でメキシコはしたたかに果実を手にしていることが見て取れる。雇用の米国回帰を訴えるトランプ政権の主張は主張として理解できる面もあるが、水が低きに流れるように、人件費の低いところに仕事が流れ出ていくのが経済の万有引力だ。教科書的にいえば、より付加価値を生み出すための教育こそ重要で、関税だけで押しとどめても限界がある。

 「トランプ政権の本当の敵は私たちだよ」

 国境のゲートに向かうクルマの中でオシーは笑いながら語ったが、その表情の中には、メキシコ人を侮辱し続けたトランプに対する対抗心と、トランプ政権が何をしようがティフアナは発展を続けるという強烈な自負が垣間見えた。実際、米国にはメキシコや中国に出て行った雇用を支えるだけの労働力もなければインフラもない。彼らが奪い取った雇用が戻ることはないだろう。