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 製造業におけるドルベースの時給を見ると、2005年の中国の時給は0.73ドルとメキシコの3分の1以下だった。その後のメキシコの賃金上昇がほぼ横ばいなのに対して、中国の人件費は右肩上がりで上昇、2012年にはメキシコを上回る水準に達している。その間、メキシコの賃金も上がっているが、ペソの下落で相殺されており、ドルベースではほとんど横ばいだ。

 その中で、労働集約的なプロセスをメキシコに移管しようとする企業が増加した。かつての電子部品ではなく、接着剤から航空機部品まで幅広い分野で、だ。

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 そして、ここに来てシェルターの成長は加速している。その理由のひとつは好調な米国経済だが、それ以上に米国の最低賃金引き上げが大きい。

 米国の一部の州では最低賃金を引き上げる動きが進んでいる。とりわけカリフォルニア州では2022年までに最低賃金が10ドルから15ドルに上がる。その影響は甚大だ。

 例えば、カリフォルニア州における製造業の労働コストを1時間あたり16ドルとした場合、100人を雇った場合の労働コストは332万ドル。それに対して、ティフアナの労働コストは1時間あたり4.5ドル程度。年間の労働コストに直せば112万ドルで、年200万ドル以上の節約になる。IMMEXで関税やVATが免除されることを考えれば、コスト削減効果は極めて大きい。シェルターに駆け込む企業が増えているのはそのためだ。

 「先日もサンフランシスコのベイエリアで5社の経営者と話をした。ティフアナに進出したいと考える企業は多い」

こちらのラインで作っているのはコイル

 ルス・マリアが働くCraftecも労働コストの上昇を避けるためティフアナに来たクチだ。ロス郊外のアナハイムに本拠を置くCraftec。米国の経済成長で受注は増加しており、増産を検討していた。だが、地元では最低賃金の上昇が確実。そこで、TACNAの誘いに乗って増産拠点をティフアナに決めた。

 「私たちのビジネスは大きく成長している。ティフアナのIMMEXも急速に伸びている」

 Craftecのティフアナ工場でゼネラルマネジャーを務めるクラウディア・バージンは語る。

対中関税でメキシコは面白い立ち位置に

 成長軌道に乗るTACNAだが、この1~2年は不安もあった。トランプ政権のNAFTA再交渉である。

 米国の貿易赤字と雇用流出を問題視するトランプ政権は北米の自動車工場として台頭したメキシコを攻撃、自動車の輸入関税をちらつかせてNAFTAの再交渉を迫った。交渉の途中では米国のNAFTA離脱もあり得たが、9月末に北米3カ国でNAFTA2.0、「USMCA」で妥結した。

 新しいUSMCAでは域内調達率が62.5%から75%に厳格化、自動車生産の40%を時給16ドル以上の労働者が作る「賃金条項」が追加された。乗用車の輸出に際しては年260万台の輸出数量制限も設定されている。基本的にメキシコの自動車産業を押さえつける内容だが、NAFTAが崩壊すれば大惨事である。USMCAでNAFTAの枠組みが残ったことに、ボールドウィンは安堵のため息をついた。

 逆に、NAFTAの崩壊さえなければ、今の貿易戦争はメキシコに追い風になる。25%の対中関税が実施されれば中国からの米輸出は成り立たないため、米国に製品を輸出している中国企業は関税を回避する手を考えざるを得ない。その一つとして、ティフアナのIMMEXが浮上するという見立てだ。

 「トランプ政権の関税が残れば、メキシコはとても面白い立ち位置になる」