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 前回書いた通り、貧困や密入国、ドラッグカルテルの暗躍などティフアナには国境の町の暗い一面があるのは間違いない。だがティフアナには別の側面もある。

 北部国境地域の工業エリアとして再び脚光を浴びるティフアナのもう一つの風景を見るため、そしてトランプ政権が仕掛ける貿易戦争の影響を見るため、9月のある日、TACNAの本社を訪れた。すると、困惑した表情のボールドウィンが駐車場にいた。見れば、オフィスの駐車場に壊れたキャンピングカーが置き去りになっている。

 「昨日はなかったんだが……。とんでもないことをする人がいるもんだね」

 内部はメチャクチャ。どのようにここに持ってきたのかも不明だ。

 そのままオフィスでTACNAの簡単な説明を受けた後、ティフアナの工場を見るため彼のクルマに乗ってオタイ・メサのゲートに向かった。ティフアナのダウンタウンから東に5~6kmほど行ったところにあるもう一つのゲートだ。

地下でメキシコと米国がつながる空港

 国境におけるメキシコの入国審査はいまだに謎が多い。ティフアナと米国側のサン・イシドロをつなぐゲートには入国審査があるのに、ノガレスやシウダー・フアレス、ブラウンズビルなどは入国審査がなく、そのまま回転ドアをくぐって終わりだ。また、ブラウンズビルのように木戸銭を入れてゲートを通過するところもあれば、何もなくただ通り過ぎる場所もある。オタイ・メサのゲートも入国審査は一切なかった。

 全くの余談だが、TACNAの本社そばにあるCBX(Cross Border Xpress)は一風変わっている。米国内の空港だが、出発便を見るとアエロメヒコの国内線ばかり。実は、地下通路で反対側にあるティフアナ国際空港とつながっており、CBXで入国審査を終えた後、歩いてティフアナ国際空港に向かう。メキシコからの移民が多いカリフォルニア州南部という土地柄を反映した施設だ。

 ティフアナ市内をクルマで20分ほど走ると、TACNAの工場に着いた。工場の入り口に仮設テントがあったので中の女性に聞いてみると、求人の説明や登録のための施設だという。ティフアナの失業率は米国を下回る2%。労働者を集めるため、ストリートを歩く人々を勧誘しているのだ。わずか10分の間に3人が足を止めて説明を聞いていた。

ティフアナのシェルター、TACNAの工場

 この工場ではシリコンホースから電子部品まで雑多な製品を生産している。

 シリコンホースは米国の船舶製造メーカー向け。原料に様々な色を配合してシートを作り、そのシートを整形してシリコンホースに加工する。別のラインでは、工員がコイルを巻いたり、はんだ付けしたりして、アンテナや変圧器、ゲーム用のジョイスティック、自動車の窓を開閉するモーターなどを作っている。大量生産品ではなく、特定の顧客向けの特注品が中心だ。

 「毎年5社ずつ顧客が増えている」

 そうボールドウィンが語るように、10年前は14社だった顧客は今では33社を数える。1100人ほどだった従業員も6000人超だ。すべて好景気を謳歌する米国での需要増に対応する顧客の動きを反映したものだ。

 例えば、リップクリームや付け爪などを生産する台湾のコスメメーカーは増産拠点としてティフアナを選択、工場の従業員は80人から415人に急増した。米国内の小売りチェーンにフラワーボックスを卸している別の会社も箱に花を詰める作業をティフアナに移した。花を米国から輸入して、ティフアナで箱詰め作業した後、また国境の向こうに送り返すのだ。

 さらに、シャツに名前やロゴを入れるサービスを提供している欧州のある企業は名入れ作業だけをティフアナに切り出している。ティフアナの従業員が生地に名前やロゴを印刷、裁断、縫製、箱詰めまでティフアナで手がけて米国の顧客に発送する。通関を含め3日間で米国の顧客に届く。小ロットで手間のかかる作業がわずか3日で完結する--。国境に接するティフアナの強みを生かしたプロセスだ。

 「当社であれば、わずか90日で工場の操業まで持っていける」

 ボールドウィンは胸を張る。

シリコンホースを作る作業員
回転するホースに針金を巻き付けて強化している