73歳のホセ・メルキアデス・ベラスコはベトナム戦争末期の1972年から78年まで陸軍にいた。彼の場合は徴兵だ。ニクソン政権が1973年にやめるまで米国では徴兵制があり、これに引っかかったのだ。陸軍では兵器システムや弾薬などの開発を手がける陸軍武器科に所属した。
6年間、軍隊を勤め上げた後、普通の市民生活に戻ったホセが強制送還された理由はケンカである。強制送還を命じた文書を見ると、「2012年12月29日、武器を用いた暴行のためロサンゼルス地裁で有罪判決」と記されている。だが、自分は無実だとホセは言う。
システムの亀裂に落ちる
「武器は持っていなかった。しかも、私は有罪判決は受けていない」
「でも、文書にはそう書いてある」
「実際は違うんだ。十分な証拠がなく、裁判官は『もう家に帰っていいよ』と言ったのに、移民局の人間が私の犯罪情報を消し忘れた。それで、国土安全保障省の人間が来て私を含む5人を捕まえたんだ」
「間違いということ?」
「そうだ。あなたには犯罪記録がある。だから、メキシコに出て行ってもらわなければならない、と。裁判で戦おうとしたが、メキシコではそれも難しい。弁護士を雇うカネは私にも家族にもない」
「本当?」
「本当だ。強制送還処分によって退役軍人としての福利厚生は大幅にカットされた。糖尿病なのでインスリンが必要だがすべて自己負担だ。この国の年齢差別はひどいもんだ。この年で雇ってくれるところなんてメキシコにはないよ」
あとで移民法に詳しい弁護士にホセのケースを聞いたところ、恐らく犯罪記録の抹消プログラムを申請しなかったのであろう、とのことだった。それゆえに、国土安全保障省は記録に基づいて強制送還プログラムを進めた。だとすれば彼のミスだが、不法移民に関しては地元政府や州政府、CBP(税関・国境警備局)、ICE(移民・関税執行局)など関係機関が多岐にわたり、複雑なのは確かだ。
システムの亀裂に落ちた――。ホセはそう言って自身の不運を嘆いたが、法律や執行機関に対する十分な知識がなければ起こりうる。そして、移民の中にはそういった情報に疎い人間は少なくない。
また、彼の場合は市民権の手続きもしていなかった。軍隊に入った際に、担当官に自動的に市民権をもらえるという説明を受けたからだという。実際にそう思い込んでいる人間も多いが、現実には自分で申請しなければ何も始まらない。市民権を得ていれば、刃傷沙汰を起こしても刑務所にぶち込まれるだけで強制退去はなかった。
強制送還された後に生まれたひ孫にはいまだ一度も会っていない。無知が招いた厄災と言ってしまえばそれまでだが、ホセの言っていることがその通りだとすれば酷な気がしないでもない。

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