店舗の上で学習塾を運営――。そんな風変わりな取り組みをする食品スーパーが福岡にある。その実態を探った。

AI(人工知能)やiPS細胞、ヒッグス粒子――。福岡県うきは市の食品スーパー、サンピットバリューの店舗を訪れると、上の会議室からこんな用語が聞こえてきた。最初は変わった営業会議かと思ったが、どうも様子がおかしい。実はこの場所で開かれているのは、高校受験対策の学習塾「サンピット塾」だ。
1人で5科目、12人に教える
講師を務めるのは、スーパーの運営会社サンピット総務部長の浅野長実氏。学生時代にアルバイト、社会人になってからも臨時講師や家庭教師として、大学受験を目指す高校生を指導した経験を持つ。サンピット塾では、浅野氏が1人で国語、数学、英語、理科、社会の5科目を教える。少なくとも週4回、試験前の多い時は毎日教壇に立つ。授業では「浅野学(まなぶ)」という講師名で、現在12人の中学3年生を教えている。
「うちの子供が全然勉強できなくて困っています。浅野さん、教えてやってくれませんか」。サンピットが学習塾の運営を始めたのは2014年。きっかけは、店舗のパート従業員から寄せられたこんな相談だった。
うきは市は福岡県の南東部にある地方都市。果樹栽培や造園が主な産業だが、他の地方都市と同様に、近年は人口減少に見舞われている。市内には進学塾が少なく、近隣を含めて定員割れの高校がある。学力と人口は相関関係にあり、地域の学力が低下すると人口流出が加速し、地域の衰退を招きやすいとされる。この状況を危惧したサンピットの久次辰巳社長の決断で、学習塾の運営に乗り出した。
学習塾の運営は地域貢献の側面が強いが、ここにはサンピットの業績を何とか立て直したいという久次社長の思いもあった。
同社は1987年、現在の場所にスーパーの店舗を開き、食品スーパー事業に参入した。展開するのはこの1店のみで、地域に密着し安定した経営を続けていた。久次社長が経営を引き継いだ翌年の2010年に、イズミが小型スーパー「ゆめマート」をうきは市内でオープン。次第に顧客を奪われていった。サンピットは同年度に初めて営業赤字に転落。赤字幅はその後、拡大の一途をたどった。
「顧客を取り戻すには、地域密着を極めるしかない。地域で困っていることを率先して見つけ出し、解決していこうと考えた」。久次社長は明かす。
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