過去の経営難から一転、今や多い時でリピート率9割を誇る山代温泉(石川県加賀市)の老舗温泉旅館、宝生亭。復活のきっかけとなったのが、着物姿での挨拶をなくしたことだ。女将の帽子山麻衣氏が、その真意を語った。

宝生亭は1912年創業。2000年代の前オーナーの時代に経営危機に陥り、2009年、石川県内で複数の温泉旅館を経営する宝仙閣グループが買収した。同グループ社長の帽子山定雄氏が、経営再建に送り込んだのが次男の宗氏。その宗氏の妻が、女将の麻衣氏だ。宗氏と麻衣氏は二人三脚で業績を急回復させた。
「お客様が望まないおもてなしを続けても、満足度は高まりません。うちは思い切ってなくしました」。帽子山麻衣氏は、復活の極意をこう話した。「そのきっかけは、私自身も嫌な思いをした、かつての経験にあります」
宿泊客から浴びた心無い言葉
「どうせ他の客にも同じことを話しているのだろう。言われても嬉しくない」。もとは着物姿で全ての客室を回り、チェックインした宿泊客への挨拶を欠かさなかった麻衣氏。4年ほど前、こんな心無い言葉を宿泊客から浴びせられた。
カップルが滞在する別の客室を訪れた際は、女性客から冷たい視線を浴びた。恋人の男性が麻衣氏に笑顔を向けたことを、快く思わなかったからだ。風呂上がりで化粧を落とした顔を恥ずかしがり、麻衣氏と目を合わせてくれない女性客も多かった。
「心を込めて挨拶しても、心地よく感じてもらえないお客様が多かったのです。サービスをすればするほど、お客様との距離を感じるようになりました。それなら、いっそのことやめてしまおうと思ったのです」。麻衣氏はこうして、着物姿での客室回りをやめた。現在は大半が洋服姿だ。
宝生亭はこうした「無駄なおもてなし」を否定する一方で、これはと思うサービスには力を注ぐ。例えば、宴席への参加だ。麻衣氏は宴席にいる全員にお酌をして酒を酌み交わし、時には一緒に歌って踊る。
極めつけは、宿泊客を自ら名付けたニックネームで呼ぶことだ。初対面の宿泊客でも、氏名から連想して「タケちゃんマン」「ケンちゃん」など勝手に付けてしまう。「ニックネームでいきなり呼ばれたお客様は面食らいますが、同席するお客様がどっと沸きます。和やかな雰囲気の中で、ニックネームで呼ばれたお客様も何となく納得してくれます」。麻衣氏はこうして、宿泊客との距離を縮めている。「常連のお客様には、敬語を使わずに話すことも多いです」とも明かす。
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