日本のアパレル企業は高度経済成長期からバブル期にかけて海外ブランドとライセンス契約を結び、国内で事業展開することで大きく成長してきた。しかし、ビジネス規模が順調に大きくなるにつれて契約を解消され、主力ブランドを失って大きな痛手を負う企業も少なくない。高級ダウンジャケットの代名詞ともなった伊モンクレールを扱う八木通商の八木雄三社長に、海外ブランドビジネスに関する本音を聞いた。

モンクレールは高級ダウンジャケットとして日本市場でも定着しつつあるように見えます。ただ、ここまで成長するまでには苦労もあったようですね。

八木雄三社長(以下、八木):1970年代に別ブランドでダウンジャケットを売り出したんですが、取り扱ってくれるようなお店がなかったので、最終的にハンティング用品を扱う店に売りに行きました(笑)。ダウンを普段着にするという文化自体がなかったんですね。でも、ファッション性の高いダウンがいずれ普及するという確信は、この頃から持っていました。

 モンクレールに出会ったのが1995年です。我々も色々と苦労してきましたが、モンクレール自体も苦労の連続でした。何度も事業が立ち行かなくなって、そのたびに主要株主が変わるという、上がり下がりをずっと見てきました。それでも、このブランドと製品を信じて投資し続けてきました。「埋もれていた宝を見つけ、賭けに勝った」という面がありますね。

八木通商の八木雄三社長