米アマゾン・ドット・コムは昨年10月、数千万曲の音楽ストリーミングが可能な「Amazon Music Unlimited」の提供を始めた。それまでもアマゾンプライムの会員向けに200万曲を超える音楽を無料で提供していたが、月額7.99ドルで曲数の上限を取り払った。
音楽配信ビジネスはスウェーデンのスポティファイやアップル、グーグルがしのぎを削る激戦区。だが、アマゾンには音楽配信ビジネスのゲームを変える秘策があった。アマゾン・ミュージックのバイスプレジデント、スティーブ・ブーム氏が語る秘策とは。(ニューヨーク支局 篠原匡、長野光)
まず、アマゾンが提供している音楽配信サービスについて簡単に説明してください。
スティーブ・ブーム氏(以下、ブーム):アマゾンは2つのサービスを提供している。一つはPrime Musicで、もう一つがAmazon Music Unlimitedだ。この2つの違いは提供している楽曲の数。Prime Musicはプライム会員であれば誰でも無料で聞けるが、あらゆる楽曲が入っているわけではなく、あくまでもわれわれがセレクトした楽曲の中から聞くことになる。
アマゾン・ミュージックのバイスプレジデントを務めるスティーブ・ブーム氏。米ヤフーの上級副社長やシリコンバレーのスタートアップのCEOを歴任後、2012年にアマゾンに入社(写真:Robert Schultze)
一方のAmazon Music Unlimitedは、いわゆるフルカタログ・サービス。メジャーレーベルの楽曲は全て含まれていて、インディペンデントも全てではないが大半は聞くことができる。
当初はわれわれがフォーカスしていたのは音楽が生活の一部になっているようなヘビーユーザーだった。彼らは好きなジャンルを聞くので、全ての楽曲にアクセスする必要は必ずしもないと思った。ただ顧客の声に耳を傾けていると、お金を払ってもいいのでもっと多くの楽曲にアクセスしたいという声が思った以上に多かった。それで、Amazon Music Unlimitedを始めた。
音楽配信ビジネスは競合がたくさんいます。端的に言って、スポティファイとの違いは何でしょうか?
ブーム:最大の差別化要因はアレクサとエコーだ。数千万の楽曲が聴けるとして、最も大変なのはアプリの中で次にどの楽曲を選ぶかだ。同様に、聴きたい曲を探し出すのも難しい。だが、エコーに話しかければ、一発で解消する。
例えば、友人とビールを飲みながらテイラー・スウィフトの新曲の話をしたとしよう。これまでであれば、iPhoneを出して、ロックを解除して、アプリを起動して、「Taylor Swift」と打ち込んで、テイラー・スウィフトのページに行き、新曲を探す。聞くまでに30秒はかかる。ところが、エコーがあれば「アレクサ、テイラー・スウィフトの新曲かけて」で終わり。新曲のタイトルも必要ない。(注:アレクサはアマゾンが開発した音声アシスタント機能。エコーはアレクサを搭載したスピーカー)
我が家でもエコーは大活躍です。
ブーム:アレクサによって音楽を聴くことがナチュラルになっていると思う。例えば、会社から家まで車を運転している。ラジオからいい感じの曲が流れてきた。アーティスト名は聞きそびれた。そんな時に、「アレクサ、このフレーズの曲をかけてよ」といえば曲がかかる。本当にナチュラルだと思わないか?
また、次のような頼み方もできる。「何か楽しい曲をかけてよ」「料理のための曲をかけて」「トレーニングに向いた曲を流して」。あるいは、「80年代のU2をかけて」「Bruno Marsでいちばん有名な曲をかけて」など。こういう聴き方はわれわれが事前に想定していたのではなく、顧客の使い方を見ているうちに気づいたんだ。毎日のように目から鱗が落ちているよ。
もう一つ、顧客を見ていて気づいたのは音楽が家の中に戻ってきているということだ。現在、音楽配信は主にスマホでの利用がメインだ。自室やオフィス、飛行機などあらゆるところで利用されるが、あくまでも個人用デバイスで音楽を聴く時はヘッドホンで一人で聴く。
だが、エコーはポータブルデバイスではなく、自宅の居間やキッチンに置いてある。つまりパブリックな場所で使われるデバイスだ。これが音楽の聴き方を大きく変える。昔のことを覚えている人もいるかもしれないが、かつて音楽を聴くときは居間のステレオでレコードやCDをかけた。みんなで聞いていたんだよ。その後、音楽は個人で楽しむモノになった。アレクサとエコーの登場で、音楽が再び家の真ん中に戻ってきている。
そういうシフトは音楽産業にポジティブでしょうか?
ブーム:私は音楽産業の未来に極めて楽観的だ。われわれの分析によると、アレクサとエコーによってストリーミングで音楽を聞く層が広がっている。ストリーミングで音楽を聴く層は15~30歳が主流だと思う。だが、最近はキッズとシニアの利用が増えている。
米国の場合、音楽配信でよく聴かれるジャンルはヒップホップやラップ、ポップミュージックだ。ところが、エコーユーザーの場合はヒップホップやラップだけでなく、ロックやカントリー、クラシック、ジャズ、キッズソング、インディーロックなど様々なジャンルの曲を聴いている。もし15~30歳のユーザー層であれば、もっとヒップホップやラップが中心になるはずだ。
これは音楽産業の市場が拡大しているということだ。単に音楽配信ビジネスに参入しているだけでなく、市場を拡大させているのだから、誰にとってもいいだろう?
先日、全米作詞家協会でスピーチした時に、米国でよく聴かれるトップ50がヒップホップとラップばかりという話をした後に、アレクサとエコーの対照的な結果を示した。彼らは立ち上がったよ。そこにわれわれの未来があるって。音楽産業に関わる誰もが興奮していると思う。
アマゾンは売上高1359億ドルの超巨大企業ですが、スタートアップ企業のように素早く新しい製品やサービスを出しています。Amazon Music Unlimitedを立ち上げた経験から見て、アマゾンがスピード感を失わずにイノベーションを進めている理由はどこにあると思いますか?
ブーム:自身の経験を通して言えることとして、一つは"Working Backwards Process"と呼ばれる仕組みがあると思う。これは製品やサービスを提案する際にプレスリリースを先に書くという仕組みのことだ。通常、プレスリリースはサービスが全てできあがった後に対外的に発表するために書くものだが、アマゾンでは企画の段階で1枚のプレスリリースにまとめる。
当然、サービスができあがる前のリリースなので、ジェフ(・ベゾスCEO)を含め、幹部から無数の質問が浴びせられる。その中には厳しいものもある。そういう疑問に答えるためには、企画段階でそのサービスの意義や理由をクリアにしておかなければならない。このプロセスがあるからこそ、何を実現したいのかという方向が明確になる。
アマゾンのカルチャーのユニークなのは、文書によるコミュニケーションで多くのことを成し遂げているということだ。文字を書くことで中身がロジカルになり簡潔になる。6年前にアマゾンに入ったばかりの時は戸惑ったが、慣れてくるとコミュニケーションや意思決定に驚くほど効果的なツールだということが分かった。
もちろん、自分のアイデアを1枚の文章に、しかも未来のプレスリリースに表現するのは難しい。だが、そのプロセスを経ることで自分の考えが明確になり、最終的な製品やサービスはよくなる。パワーポイントで箇条書きにしても意見はまとまらない。
自分のアイデアを文字に書く。それが結果的に製品やサービスのクオリティにつながると語る(写真:Robert Schultze)
他に違いは?
ブーム:ミーティングもまるで違う。Amazon Music Unlimitedを提案した時の話だが、事前に誰も文書を読んでいなかった。その代わり、初めの20分間、参加者は黙ってドキュメントを読み、その後に議論が始まる。意思決定に十分な情報がなければ別のミーティングは設定されることもあるが、基本的には残りの40分で決まる。
一般的な会社の場合、60分間議論して詰め切れなかった案件は持ち帰り、次のミーティングに持ち越される。そうやって、無駄な会議が増えていく。ところが、アマゾンの場合はプレスリリースをしっかり準備し、参加者も頭をクリアにして参加し、その場で読んで疑問点を質問し、納得すればその場で決まる。私の経験で言うと、他の企業よりも少ない会議で意思決定できている。
この会社に加わっていちばん驚いたのは、本当に賢い人が多いということ。そんな賢い人々が新たなモノを生み出すために、顧客の満足度を向上させるために情熱を傾けている。現状に満足することは決してない。いろいろな会社を経験したが、そういうカルチャーは明らかに異なるね。
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