アマゾンのクラウドサービスが業界を席巻している。多くのIT企業がアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)と提携しながら、事業を展開するようになった。日本のシステム開発大手ワークスアプリケーションズで国際展開やアマゾン・AWSを担当するパートナーで、世界のIT事情に精通する小松宏行氏に、AWSの破壊力とIT業界への影響を聞いた。
小松宏行(こまつ・ひろゆき)氏。
ワークスアプリケーションズパートナー。東京大学理学部卒業後、日本ディジタルイクイップメント研究開発センター入社。その後、米Lotus Development、米PointCast、米Netscape Communicationsを経て、2002年アリエル・ネットワークを創業、04年同社社長就任。09年アリエルを売却したワークスアプリケーションズに参画、最先端技術研究部門を設立し、現在はシンガポール・上海等のグローバルエンジニアリングの統括責任者。産業技術大学院大学客員教授。
AWSといつ、どのように関わり始めたのですか。
小松宏行氏(以下、小松):2009年に、経営していたアリエル・ネットワークの売却先であるワークスに転じました。その時から、クラウド化が念頭にあって、主力製品の「COMPANY(業務用ソフト)」をどうしようかと牧野(正幸CEO)と考えていました。そこで、将来の展開を考える上で、IBMもクラウドをやっていましたが、「AWSがいいな」と感じまして。
勝手に値段が下がっていく
「いい」と思ったポイントは?
小松:クラウドのシステムって、根本的に設計が違うんです。そこに対して、いろんな会社が提案を出してきます。完全にクラウド主体で(全面変更を)考えるやり方もあるし、今あるシステムをクラウドに持って行けますよ、というやり方もある。
エンタープライズ型のIBMは、「今のシステムを持って行く」というモデルだった。コンピューターサイエンス(中心)のグーグルは、「今あるシステムは捨てて、クラウドの世界に来てください」と。
アマゾンはその中間なんです。クラウドが分かっている上に、「今あるシステムも過不足なく動きますよ」と言う。顧客目線であるし、クラウドが分かっている。我々(システム開発会社)に対してもよく考えている。グーグルは、正しいものを正しくやる。「その通りなんですけど」とは言えるんですが、一方で「(今のシステムを)どうしよう」と。
アマゾンは、今までのシステムは動かしながら、できるところからクラウド化していく対応をとります。
小松:そうですね。新しいサービスも矢継ぎ早に出してくるんですが、顧客にとって利便性が高いものが多い。だから、クラウドに強いエンジニアをこちらが用意しておけば、「こんなに便利なのか」と。その結果、アマゾンがリードしていく未来は、クラウドで構築された世界へのロードマップになっている。
他の会社は、「うちのコンサル部隊を使ってください」みたいなことになる。AWSはピュアにクラウドを使ってもらうだけ。使うのに必要なものは全部書いてあるし、(顧客の)横のコミュニケーションで様々なコンソーシアム(集団)があって、みんなで考えながら進めていく。だから、おカネはかからない、ぜんぜん。その代わり、勉強しなければいけない。
ただ、自分で情報の渦から必要な情報を探し出すことになるわけですね。
小松:ただ、IT企業のコンサルティングにカネを払っていくと、ブラックボックスで分からないままクラウドになる。それって嫌じゃないですか。でも、グーグルほどドラスチックにクラウドに変えるのもどうか、と。だから、(アマゾンは)いい位置をおさえたな、と。
あと、価格の下げ方がすごい。10年で60回以上も値下げしている。ふつう、マジョリティーをとると、値上げするじゃないですか。それを、主力サービスを数セントでも値下げしてくる。これも、うれしいですよね。「だんだん、値上げする」というのに慣れているこの業界では、なおさらです。
もともとの発想が違うんでしょうね。
小松:そうですね。彼らは利益をとるより、支配的な地位を築いて、顧客にメリットを提供する、というスタンスをとり続けている。これは、参入障壁を高める意味もあったので、全く他から人が入ってこなくなりましたよね。安さでアマゾンに対抗しても、彼らが下げてくるので何の意味もない。
参入障壁が高まって、大手しかなくなった。グーグルのGCP(Google Cloud Platform)とマイクロソフトのアジュール。それとアマゾンのAWS。AWSが主導権を持っていて、グーグルはポテンシャルはあるが、コンピューターサイエンスとして正しいことをやれば、(顧客は)チョイスするはずだ、と。グーグルは正しいんだけど、みんながついてきているわけではない。アジュールはAWS追従型ですね。(両社の本社がある)シアトルで引き抜き合戦をやって、険悪だったりする(笑)。
マイクロソフトの猛追をかわす
アジュール(マイクロソフト)は、AWS(アマゾン)に勝つ可能性はある?
小松:機能としては(マイクロソフトは)ずっと後追いになっていて、値段も若干、アジュールの方が高い。だが、エンタープライズ(大企業)に対する目配せは上手ですね。スタートアップだとAWSの方がやりやすいが、大口の客とかには(マイクロソフトは)特別料金も用意している。マイクロソフトはWINDOWSの頃は、エンタープライズからだいぶ遠い感じだったが、いまは「ザ・エンタープライズ」、一時期のIBMのような存在になっている。
ただ、さすがマイクロソフトで、1年ぐらい前はアジュールが急速に伸びていた。CEOがサティア・ナデラ氏になってからすごい勢いでクラウドに舵を切って、あっという間に巨大な部隊に仕上げましたね。アプリケーションは山ほど持っているので、AWSを脅かす存在になると見られていた。だが、今は「AWSにはかなわない」という感じが若干、出ています。
アマゾンに追いつきそうだったのは、オフィスなどのソフトがあるから?
小松:それにプラスして企業をおさえている。さらにプラスして、機能の充実度もすごかった。あっという間に「アジュール来たぞ」と感じさせた。そこから、AWSが次から次へとサービスを拡大していって、そのスピードに着いていけてない。
日本のSIer(システムインテグレーション業者)は、クラウド時代にどうなっているのでしょうか。
小松:体制を変えるのが大変だと思いますね。クラウドを標榜するが、あまりクラウドでないものをソリューションとして売っている会社が多いんじゃないでしょうか。独自のデータセンターを持った大きな会社があって、そこをクラウドセンターと称してサービスする。そういうものは、「プライベートクラウド」と呼んでいて、誰でも使える「パブリッククラウド」と区別していました。「(データセンターの)ここまではお客様のため」とか言っていた。だが、今ではAWS的なやつ(パブリッククラウド)しかダメですね、というコンセンサスがとれてきた。
日本企業はニッチに
NEC(日本電気)はAWSのプレミアコンサルティングパートナーになったと。一緒にやっているように見える。
小松:AWSの認定エンジニアを育てて、「AWSを使ってもシステム構築できますよ」というのを売りにしていく。
グーグルやマイクロソフトのように、アマゾンに対抗するというポジションにはいない?
小松:いないですね。いくつかの会社は、特殊なソリューションの世界に生きるでしょう。日本政府系のクラウドとかで、「アマゾンはダメ」ということがある。セキュリティー要件で外国企業が入れない。まあ、ニッチですが。
日本のSIerはどう生きていくのか。
小松:ハードウェアを売った利ザヤとか、機器メーカーに「これだけ買うから安くしてくれ」とかいう商売をやってきた人たちはつらいですよね。代わりに、クラウドでどう利ざやを取るか。ちょっとしたサービスを加えてやるのか。
AWSって、誰でも簡単に使い始められるんです。しかも、コーヒー代程度で試しに使える。SIerを呼ぶ電車賃の方が高い(笑)。
ただ、(クラウドを)全然理解してない人は、昔から付き合いのあるSIerさんに相談するかもしれない。「それだったら、うちがやりますよ」と。それで、AWS認定エンジニアを増やしている。
土台はAWSでやることを前提にしているビジネスですね。
小松:そこは、あきらめて「前提」にしている。まあ、下手に対抗しない方がいいと思います。もう勝てる規模ではないので。
客が「グーグルにしてくれ」と言ったら別ですが、「クラウドでやりたい」と言われたら、AWSがいいのでしょうね。
小松:まず、デフォルトはAWSになると思います。
AWSは癖がないし、無茶も言わないし、接続性もいいし、安くもしてくれる。悪いことがない。
小松:ないですね。ただ、我々はベンダー・ロックイン(特定メーカーから乗り換え不能の状態)を気にしています。安いとはいえ、AWSから完全に離れられなくなる状態を善しとはしていない。もともと「プラットフォーム・インディペンデント(特定プラットフォームから独立した状態)」に現在のシステムは設計されているんです。
うちは事実上、お客さんが全部、AWSなんですよ。だから、そこしか考えなくていい。どんどん、AWSにいっちゃってますね。
元々、他社のクラウドを使っていた顧客はいないんですか。
小松:いましたが、話をしていくと、ほかが全てAWSでやっているので、「AWSが安全だね」と言い、我々は「そうですね」と返答する。みんな、安全な方がいいので、AWSにしますね。
「どうしても他社がいい」というお客さんがいれば、そこに乗っけて動かすことはできるはずです。でも実際、1人もいないんで。
ただ、アマゾンが戦略を変えてきたときの恐ろしさがあって、ジェフ・ベゾス氏がCEOをやっているうちは大丈夫かもしれませんが、中長期でどうなるのかな、と。
小松:そうですね。ただ、アマゾンって、顧客セントリック(志向)が社是の一番にきているので、ボタンの掛け違いはないだろうと信頼している部分はあります。AWSのCEOをやっているアンディ・ジャシー氏が、「ベゾスからそれ(顧客志向)を言われているし、私もまったくその通りだ」と言っている。その「顧客」とは、我々なので。
いつもAWSから「何か改善点はないですか」と聞かれる。まあ、ないんですけどね(笑)。どっちかというと、彼らの出してくるものにキャッチアップするのが大変で、こっちに考える余裕を与えない。
ライバルが残ってくれないと困る
それが、他社に流れることがない「防御壁」になっている。
小松:結果的にそうですね。
マイクロソフトやグーグルが逆転する可能性は?
小松:この状況は当分続くので、マイクロソフトはずっと後追いのナンバー2で、AWSを避けたい人が使う存在としてありつづけると思う。
存在は続く、と。
小松:マイクロソフトはキャッシュもありますし、やっぱり開発力もあります。すごい会社であることは間違いない。グーグルに勝ち目がある日が来るのか、想像はできないですね。
ただ、正しいことをやり続ける人がいてもいい。
小松:確かに、研究対象としてはグーグルの方がコンピューターサイエンスとして面白い。
企業としてみた場合、グーグルのGCPって、広告や検索の収益に比べたら小さい。だが、アマゾンはほかの収益よりAWSの方がでかい。その構図からいっても、AWSはアマゾン本体とも言えます。グーグルは、研究して「おれらのクラウドがすごいんですよ」っていう感じで、論文は参考になる。
まあ、ある意味、(2社には)対抗馬として期待しているんですけどね。ほかのクラウドの会社がAWSのサービス攻勢にあって、ライバルがいなくなってきた。
まあAWSは、サービスを出し過ぎて、自社のものを食い殺していくんじゃないか、とも思う。あと、うちの製品みたいなものを出してくると怖い。ここのレイヤーには来ないと思うが、その中間にいる人たちは戦々恐々としている。
アマゾンはPB(プライベートブランド)商品を出すなど、顧客とぶつかる事業に打って出る。
小松:そうなんですよね。あと、エコシステム(生態系)のパートナーだった配送業者も、日本ではヤマト(運輸)さんとか、米国ではUPSとかUSPS(米郵便公社)でしたが、今ではアマゾンのクルマが来るんですよ。Uberみたいに人の空き時間を使った委託のやり方がある。消費者との間に入っているパートナーを食い殺すことは、そんなに躊躇しない会社とは思いますけどね。そこが一番怖いところです。
法の想定外の会社
eコマースから物流、店舗も手掛けて、クラウドもやる。かつて独占禁止法などの規制ルールが想定したのは、1つの業界で寡占や独占となったスタンダードオイルのようなケースでした。でも、アマゾンは独禁法にひっかかりにくくて、しかも値下げをしているので消費者利益にかなっていないとも言いにくい。非常に、制御が難しい企業体に見える。AWSというクラウドの上に乗っている企業にも、いつかアマゾンがライバルとして浸食してくる可能性がある。影響力が大きすぎる。
小松:大きいですよね。まあ、そこに関して言うと、アジュールに、(アマゾンから)逃れることができるぐらいのシェアを持っていてもらった方が健全ではありますよね。二大政党制ではないですけど。
政党は選挙でひっくり返せますが、アマゾンの場合はひっくり返せない。
小松:そうですね。我々もアジュールがいかにがんばってもらっても、今の顧客を全部移すことはできないので、みんなが「AWSがいい」と言い続けると、事実上AWSが続く。まあ、仲良くやっていかないとしょうがないかな、と。
まあ、向こうも警戒はしているんですよ、滅茶苦茶なことになるのを。「うちが総取りしますよ」というのを前面に出したらまずいというのを、アメリカ(本社)の方も分かっている。そこは警戒しながらやっていくと思います。でも、まあ10年先は分からないと思います。
ベゾスの後の人が株主の利益を考えて、「独占(状態)を利用してやってやろう」と考えると怖い気がします。
だから、独禁法が想定するような短時間での値上げでなくて、もっと長い時間を使って支配的地位を獲得すると、最後に手にしている破壊力はとてつもなく大きい。
小松:これが可能になったのもインターネットのすごいところですね。ある意味、グーグルのデータ独占力、すごいじゃないですか。(グーグルマップ上に)「ここのレストランを予約しています」とか、よく買っているものの広告が出ていたりとか。そういう意味では、一部の会社がデータを独占している状態ができてきている。AI(人工知能)とIoT(モノのインターネット)でそれが強化される。
小松氏は米国に在住、「自宅にアマゾンが自分で荷物を運ぶようになってきた」
規制のしようがない。
小松:法制度がこういうもの(アマゾン)を想定していなかったし、インターネットをベースにしたコングロマリットに対して、法律なり社会制度が無防備だった。ただ、それを規制していいのかどうかも、僕は分からないですね。
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