西の魔女は、マンチキンに飛ばされてきたドロシーの家が、姉である東の魔女を押しつぶしたことで、ドロシーを恨みます。このように、本人の気がつかないところで恨みを買うこともあります。そして、それには意外と気がつかないのです。

 私たちは好調だと思うと落とし穴があり、一方で失敗ばかりしていると別の面から光が射すこともあります。まさに「楽あれば苦あり、苦あれば楽あり」です。でも、これらには実は原因や理由があります。それを知ろうとすることが状況を打開することにつながります。それにはやはり自分を知って、自分の周囲をよく見ることが大切でしょう。

自分を知る

 自分を知ることは簡単ではありません。ただ、周囲の人の言葉の端々にヒントがあります。例えば、批判されたと思うときは、すぐに反発するのではなく、その理由を考えたり、自分を見直してみたりしてはいかがでしょうか。それを繰り返すことで、私たちは自分を知ることができるのかもしれません。

 それでは、自分を知るというのは、どういうことでしょうか。まず反対語を考えてみましょう。それは、「身の程知らず」、「わがまま」、「無分別」かもしれません。自分の考えや行動が、相手からこのようにとらえられているということです。つまり、いずれも他者との関係です。自分を知ることは他者からの評価と関わっています。人間は社会的存在であり、自分は自分だけの問題ではないのです。だからこそ、他者の声に耳を傾けるべきなのです。

 ドロシーも、注意してくれるエム叔母さんや農夫たちの声に耳を傾ける必要があったのです。そして、ドロシーが最後に発見した、大切な場所は外ではなく自分のいるカンザスにあること。これも場所自体というよりは、人々との関係ですね。つまりドロシーが見いだしたことは、大事なのはエム叔母さんや農夫たちのいる場所、そしてミス・ガルチもいる場所だということなのです。

 ドロシーは、カンザスに戻ってからは、きっと、ガルチさんの農場には、もうトトを連れていかないでしょう。そして、素直に謝ることで許してもらうかもしれません。叔母さんたち、農夫たちも応援してくれるはずです。ドロシーも、自分のわがままを少し抑えるようになるでしょう。そして、ガルチさんも本当は怖い魔女ではないことを知るのではないでしょうか。

コミュニケーション

 ドロシーが得たのは、人とのコミュニケーションの重要性だと考えられます。叔父さんと叔母さんや農夫たちに愛され、愛犬トトと楽しく暮らす中で、自分に都合のいい言葉だけでなく、注意する声にも耳を傾けること、そういったきちんとしたコミュニケーションをとることが必要だと知るのです。それによって自分を知り、責任を自覚して行動することが、主体性を持つことにつながります。

 私たちは日常生活のなかで、多くの会話を交わしています。でも、誤解や聞き間違いもよくありますね。それが問題につながることもあるでしょう。きちんとしたコミュニケーションは意外と難しいのです。間違いを防ぐには、相手の言葉をしっかり聞くこと、正しく理解しているか考えること、そしてしっかり伝えることでしょう。