いま日本の繁華街が寂しい。都心部から郊外まであらゆる場所で、日本の夜間経済が縮み始めている。人口が減る以上、一定の内需減退は仕方ないとはいえ、それ以上のペースで夜の産業の縮小が加速している。
そんな中、夜間経済の衰退が進むほど売れる商品群がある。消費者が夜自宅で過ごす時間が多くなると、需要が高まる商品があるのだ。働き方改革により残業が減り、飲みに出かけることもなく、帰宅時間が早くなっている。そうやって空いた時間を埋めるための商品だ。
終業後に出歩かなくても自宅でやりたいことができるようになってきた。まず映画はネットフリックスやHuluといった動画配信サービスの台頭により、わざわざ映画館に出向かなくても、楽しめる。かつては週末にレイトショーがにぎわっていたが、いまや出歩く必要がない。次に買い物もEC(電子商取引)の普及によって出かけなくて良い。
出掛けなくても良くなったことで、リビングで過ごす時間が増えているという。リクルートホールディングスが2017年のキーワードとして、寝室など個室を狭くしても、リビングを広くしたいニーズ「リビ充」を挙げている。夜出歩かず早く帰ってくることによって家族で過ごす時間が増えていることが影響しているのは間違いない。その結果、リビングを快適に過ごすためのグッズの売れ行きが好調だ。その1つが、良品計画が販売する「体にフィットするソファー」。ビーズクッションでできたソファーで、座ると体が包み込まれるような座り心地を体感できる。インターネット上で「人をダメにするソファー」として紹介されたことがきっかけで、大ヒット。2016年度に約30万個を販売するなど人気を集めている。
「人をダメにするソファー」として紹介された良品計画の「体にフィットするソファー」
インターネット上では商品の感想について、「仕事から帰って座ったらもう立てません」「家から一歩も出たくなくなる」などと書き込みが寄せられており、自宅を快適にし、外に出る意欲を減退させる商品であることが伺える。その後、ニトリなども同様のコンセプトとも受け取れる商品を発売。カバーのストレッチ性を改良するリニューアルをし、生地の脆化を抑えている。
一方で夜の街に出歩かなくなったことで売れなくなった商品もある。その一例が夜遊び明けの二日酔いに効くといわれるアルコール対策飲料市場だ。アルコール対策商品の代表格であるハウス食品の「ウコンの力」の売上高は減少が続く。17年3月期の売上高は前年度に比べて5%減少した。競合商品が増えたことも背景にあるが、ハウス食品の機能性事業本部の相馬修部長は「グループインタビューを実施すると、飲酒頻度が少ないミドル・ライト層のユーザーが外食先で飲まなかったり、外ではなく家で飲んだりする人が増えていると感じる」と話す。キリンビバレッジの「ウコンとしじみ900個分のオルニチン」も16年の売上高が前年実績を1.5%下回った。キリンホールディングス広報部は「外食の宴会や接待需要が減少しているのが1つの要因」と指摘する。
アルコール対策商品は、外で飲む際に使うことが多い。自宅での1人飲みや、ホームパーティーでは、無意識にお酒を飲む量にブレーキをかける傾向があるためだ。相馬氏は「アルコール対策商品は飲む前、気合を入れるために飲む人が多い。1人飲みだと、そもそも気合を入れることがない」と指摘する。そのため、家飲み傾向が強まるほど、アルコール対策商品の需要は減少するといえる。
一方で、飲酒機会が週3回以上と多い人向けに開発した「レバープラス」の売上高は増加傾向だ。ススキノのコンビニでも売り場の棚から消えているのはレバープラスのような飲酒機会が多い人向けの対策商品で、店によっては通常商品よりも多く並べているところもあった。夜に飲み歩くことが好きな人の動向は変わらず、付き合いや仕事の関係などで夜に出歩いていた人が減少していることがうかがえる。
家飲みが増えるとアルコール対策商品の売り上げは厳しくなる。写真はハウス食品の「ウコンの力」
売れなくなったモノはまだある。クルマだ。なかでもデートカーが売れなくなった。日経ビジネス編集部は、デートカーを価格が500万円以下の2ドアクーペと定義し、国内自動車メーカーに取扱い車種数を調査した。デートカー市場が最も盛り上がったバブル時代の1990年は、トヨタ自動車のソアラやホンダのプレリュード、日産自動車のシルビアなど28車種あった。しかし、その数は徐々に減少。2017年は日産のフェアレディZやマツダのロードスターなどわずか5車種しかない。
かつては借金をしてでもデートをするために愛車を買った。当時の定番デートはドライブで、意中の女性に気に入ってもらえる確率を高めるために、おしゃれな自動車に乗るのがステータスだったからだ。
昔は若者が2人きりになって愛をささやきあう場所といえば、夜の自動車の中が代表格だった。いまは電話代が安くなった上、無料SNSアプリがあり、2人だけのコミュニケーションの場をつくる選択肢が増えてきた。自動車が必要とされるシーンそのものが消滅しつつある。「バーチャルで事足りるのに、わざわざ借金というリスクを背負ってまで車を買う若者は少ない」(松本社長)。自動車需要が低迷している理由として、「若者の自動車離れ」が挙げられることが多い。その背景には、非正規雇用者が増えて、ローンが組めないなどの金銭的な点を指摘する声が多いが、それだけではないライフスタイルの変化など根本的な理由があるわけだ。
その傾向は数字にも現れている。国内新車販売台数は、バブル時代の1990年度を境に減少しており、2016年度は503万台と、90年度に比べて3割も落ち込んだ。こうした自動車販売の低迷にも、夜経済の影響が垣間見える。
●国内自動車メーカーが取り扱うデートカーの車種数の推移
年 |
車種数 |
主な車種 |
1990年 |
28 |
トヨタ自動車・ソアラ、日産自動車・シルビア |
2000年 |
19 |
マツダ・RX7、三菱自動車・GTO |
2010年 |
5 |
日産自動車・スカイライン、ホンダ・S2000 |
2017年 |
5 |
ホンダ・S660、SUBARU・BRZ |
注)自動車メーカーへの取材をもとに日経ビジネス編集部作成。デートカーは2ドアクーペの価格が500万円以下の車種と定義
国内自動車メーカーが取り扱うデートカーの車種数の推移
いまでは若者向けデートカーのニーズは薄れている。公共交通機関が発達し、若者が集まる都心部を中心に、地下鉄やバスなどの公共交通機関がより細かく整備された。若者がデートで出かけるようなお出かけスポットの多くは、公共交通機関でアクセスしやすい場所にできることが多くなった。
『夜遊びの経済学』(光文社)の著者で国際カジノ研究所(東京・千代田)の木曽崇所長は「車で来店することが前提の街の活気がなくなっている。西麻布や三宿がその典型例」だという。夜の西麻布は外苑西通りに路上駐車し、遅くまでにぎわっていた。三宿も大手音楽事務所があったため、芸能関係者が多く三宿で遊んでいた。「飲酒運転の取締も厳しくなり、車でその地域へ行くのが前提のナイトスポットは廃れている」(木曽所長)。
2ドアクーペは乗車人数が少ないため使い勝手が悪い。人気はSUV(多目的スポーツ車)に移り、残った需要はデートよりも大勢で移動するための道具となってしまった。
ところが最近になって日系メーカーから、かつて人気を集めたデートカーの新型車の発売が伝えられ始めている。需要が盛り上がれば、ライフスタイルも変わる可能性がある。そうなれば夜経済も復調してくるかもしれない。
夜の経済は、生産や販売動向と比べると軽んじられるところがある。だが個人消費の重要な指標のひとつ。野村総合研究所グローバルインフラコンサルティング部の波利魔星也副主任研究員は「かつて大企業の城下町で栄えた地域は夜の繁華街も元気だった。海外でも同様の傾向がある」と話す。多くの自治体では地方創生の名のもとに、地方の人口減少に歯止めをかけ、日本全体の活力を高めようとしている。工場誘致といった昼の経済を活性化することと並行して、繁華街の整備といった夜の経済にも目を向けるべきだ。国内は生産年齢人口も減少傾向で、高齢化率が高まっている。残された時間はそう長くない。
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