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人や組織にも「レディネス」がある

玉塚:テクノロジーについてだけレディネスを見るのですか。

神武:テクノロジーを広くとらえれば、それを使う人や組織も入ります。ある人を宇宙に運ぶプロジェクトで宇宙飛行士の中に初めて宇宙に行く人がいるなら、経験値といった観点で、その方のレディネスが懸念事項のひとつになるかもしれません。したがって、リスクを抑えるために、その宇宙飛行士のトレーニングに配慮する、といったやり方をするわけです。

玉塚:レディネスレベルのような何らかの指標を用意できないか、と長年思ってきました。例えばコンビニエンスストアの拠点を利用し、家庭まで商品を届けるホームデリバリーの新サービスを始めるとする。システムと呼ぶかどうかはさておき、新サービスの全体を俯瞰し、どういう品揃えにして、どういう頻度で届けるのかを考え、そのための受発注の仕組み、調達のやり方と在庫の持ち方、物流の能力といったコンポーネントを検討していく。

 すべてを完璧にはできませんから、ここだけはライバルより上のレベルにしようとか、これが欠けたらサービスは成立しないとか、とはいえコストの制約があるからここは妥協しようとか、レディネスレベルという言葉は使わなくても、似たようなことを必ず考えるわけです。

 現場の情報を集めながら具体的に議論していくのですが、あまり大勢でやると議論が発散するので、コンパクトなプロジェクトチームを作って、場合によっては経営者も加わって、新サービスを練り上げていく。

 私もこれまでいくつかの新サービス開発プロジェクトに経営者として直接参加し、いわゆるハンズオンでみる、ということをしてきました。「後はやっておいて」ではうまくいきませんから。

 そのときに思ったのは、KSF(キー・サクセス・ファクター)でもKPI(キー・パフォーマンス・インディケーター)でも呼び名は何でもよいのですが、指標を使って見える化できないものか、ということでした。それができれば新事業のプロトタイプをつくり、テストして、「この数字がここまで来たから次へ進もう」といった決定を下しやすくなる。

神武:名称はさておき、事業の中で重要な構成要素が何か、そこをしっかり把握する必要があります。ホームデリバリーの例でしたら、例えば、再配達のための仕組みが重要で、再配達率が重要な指標の一つでしょうか。届けた先が留守だったらもう一度配達しなければならず、コストアップの要因になる。そのため、再配達率を下げる工夫を考えてみる。

 どの時間帯だったら家にいる、という顧客のライフスタイル情報があれば効率よく配達できそうだ。ただしそれはプライバシー情報でしょうから教えてもらうにせよ、それを記録しておくにせよ、相当な配慮がいる。その辺りの仕組みを実現したことがないから、おそらくその要素のレディネスレベルは低い。そこで例えばIT(情報技術)に投資し、そうした情報を入手し、安全に管理する仕組みを要素の一部として実現する。あるいはレディネスレベルが低いということをリスクとして認識しつつ、そのまま進める。こうした決定を積み重ねるのでしょうね。

指標が必須というわけではない

玉塚:最後は経営者なり、プロジェクトマネジャーなりが、システム全体を俯瞰して決めるわけですが、なにしろコンポーネントが多いので、指標があれば「このコンポーネントはレディだ(成熟度が高い)」と理解でき、全体の決定をやりやすくなります。

神武:レディネスレベルの指標ですが、対象とするシステムやコンポーネントによって指標を用意しやすく、収集しやすい場合もあれば、そうでない場合もある。そのあたりも考えないといけません。また、必ず指標を作れ、と言っているわけではありません。指標ばかりに気をとられる弊害もありますし。

 それでも、やったことがないことに挑戦する際、目的とそのために「こういう結果を得たい」という目標が明確になっていれば、状態を客観的に把握しながら、積み上げていくことができます。定量的な指標があればわかりやすいですし、定性的な指標でもいいでしょう。

 大リーグで活躍している大谷翔平選手が高校1年生のときに書いた、9×9の目標達成シートは素晴らしいと思いました。「ドラフト1位の指名を8球団から得る」という目標を立て、「体づくり」「コントロール」「キレ」といった8つの指標に分解し、さらに8つの指標それぞれについて、取り組むべきことを8点挙げていました。

玉塚:大谷選手のシートは私も見ました。選手として成長していく、新事業を船出させる、企業を大きくしていく、基本はどれも同じですね。ただ、経営の場合、多くの人間が関わってきて、その中で意思決定をしていくので、定性的指標を定量的指標にしていくことが常に求められるのではないでしょうか。

 新事業のプロジェクトでよく陥りやすい失敗は、システムを俯瞰しているつもりだったのに、段々視野が狭くなってしまい、「こことここに我々の強みを活かせる、だからやれるはずだ、ゴー!」と言って、始めてしまうことですね。

 レディネスレベルが十分高まっていなかったのに、十分だと錯覚してしまう。指標があれば「いやいや、市場のレベルで見たら強みとは言えないのでは」と気づけけるのではないかと。

失敗から教訓を引き出す

失敗の話になりました。日経ビジネス編集部から「玉塚さん自身の失敗を語ってもらうように」と言われています。いきなり失敗を語れ、と言われても困るでしょうから、過去の日経ビジネスから事例を探してきました。

 15年前、2003年11月3日号に掲載された『日の丸ブランド再生へ』と題した記事です。ファーストリテイリングが英国進出に失敗した事例が「昔へ戻って出直そう」という副題を付けて報告されていました。玉塚さんは英国進出の指揮をとっていた途中で日本に呼び戻され、ファーストリテイリングの社長に就任しました。

玉塚:当時は生みの苦しみでしたが、今やファーストリテイリングの海外事業は国内より大きくなるまで成長したわけで・・・・・・。15年前の日経ビジネスにはどう書いてありましたか。

英国1 号店を2001 年9 月にオープン、1 年で21 店舗に拡大したが赤字が続き、2003年9 月までに5 店舗に縮小、400人いた社員を100人に減らし、やり直した。
 失敗の理由は3点。まず、市場の読み違え。英国でユニクロの製品は割安ではなかった。次に商習慣の違い。日本でうまくいった宣伝手法を英国に持ち込んだが効果が出なかった。最後に英国法人の運営。社長が次々に交代し、当初の英国法人は清算に追い込まれた。このように報じていました。

玉塚:英国進出はまさに新事業であり、残念ながらご指摘の結果に当時はなりました。市場の読み違えにせよ、商習慣の違いにせよ、そんなことも調べていなかったのか、と言われると返す言葉がなかなかないのですが。

 2000年までユニクロは国内で急成長を続けてきて、いよいよ海外だ、カジュアルの激戦区である英国に行こう、となった。そして、英国の小売業から優秀な人を引っ張ってきて日本で2週間研修し、英国事業の立ち上げチームをつくりました。

 早期の黒字化と50店出店という目標を掲げるなか、現地では、まずは50店という規模を目指して店や物流センターをどんどんつくっていく。結果論ですが、そうしたハードウエアはできたが、品揃えとか日々のきめ細かなオペレーションとか、そうしたソフトウエアが追いつかなかった。レディネスレベルが足りなかったのに「やれるはず、ゴー!」となってしまったのですね。

今、同じ挑戦をするとしたらどうやりますか。

玉塚:高い授業料を払ったので英国進出から何を学ぶべきか、当時、経営チームで議論をしました。「現地のお客様の声を徹底的に聞き、その市場で勝てる“個店”の原型をユニクロの商売を熟知した少数精鋭のチームがつくり上げる」、これが学びでした。

 「これなら勝てる」という仮説を立て、店舗、そこに置く商品とその品揃え、店舗のオペレーション、宣伝、物流、これら全体をシステムとしてデザインする。まず1店舗だけ出店し、店舗の2階をオフィスにして、そこに店作りのベテラン、マーチャンダイジングのプロ、店舗運営のエキスパートを日本から送り込む。彼らと現地の店舗担当者でタイトなチームを組み、1日の商売が終わるたびに検証して、問題があれば解決する、といったことを繰り返す。

 仮説に基づいてつくったプロトタイプを変えていき、その市場で拡大できるシステムかどうか見極めていく。ここで先ほどから話に出ているレディネスレベルの指標があればいいわけですが。こういう風に新事業をシステムとしてとらえ、システムのレディネスレベルやパフォーマンスを測る指標まで含めてデザインする。レディネスレベルの指標がある程度揃った段階で展開のスピードを一気に上げる。成長の第二段階、例えば30店舗の時点で達成すべきレディネスレベルを決め、走りながら軌道修正していく。

 ただ、経営や商売は本当に難しい。考えに考えてシステムをデザインしても、やってみるとなかなか思うようには進まないものです。

それでは次回のテーマを、システムデザイン実践の勘所にしましょう。

今回のキーワード

レディネスレベル(Readiness Level)
システムの構成要素のそれぞれがどの程度成熟しているかを評価する指標。例えば、テクノロジー・レディネスレベル(Technology Readiness Level: TRL)はそれぞれの技術要素がどのレベルにあるのかを定量的に示す指針。マニュファクチャリング・レディネスレベル(Manufacturing Readiness Level: MRL)など対象ごとに独自の指標がある。