皆さんは焼き肉をガッツリ食べたり、飲んだ後の〆にラーメンを食べたりした翌朝、胸焼けや、みぞおちのもたれを感じませんか。あるいは最近、ゲップがよく出ませんか。
もしそうだとしたら、それは十中八九、「逆流性食道炎」です。
逆流性食道炎という病名を聞いたことがある人も多いでしょうし、胃カメラを受けた時、実際にそう診断されたという人もいるでしょう。それぐらい罹患率が高い病気ですし、その増加スピードも尋常ではありません。
私が消化器内科の医師として働いてきたこの20年近くの間に、かつてはそれほどでもなかった罹患率がグングン伸び、今や実にメジャーな病気になってしまいました。
10年くらい前の報告で「逆流性食道炎の罹患率は人口の20%以上」と推定されていましたが、現在の私の実感としては、内視鏡所見などを厳密にとると受診者の30~40%が逆流性食道炎と診断されるのではないでしょうか。それくらい、逆流性食道炎は、高血圧や花粉症と並んで新たな国民病といっても過言ではないのです。では、一体どんな病気なのか、しっかり解説いたします。
なぜ逆流性食道炎は急増しているのか
そのほか、唐辛子系の辛い料理やアンコなど甘いものを食べると逆流するという人もいます。
もちろん、食べてはいけないということではありませんが、これを食べると胸やけが起こりやすいなど心当たりがある場合は、量を控えた方がいいでしょう。
さて、ではなぜ逆流性食道炎は増えているのでしょうか。
かつて日本人はピロリ菌に感染している人の方が大多数を占めていて、萎縮性胃炎を起こすことによって、胃酸の分泌が恒常的に低下していました。そのため、逆流する胃酸自体が少なかったので、逆流性食道炎はほとんど見られない病気だったのです。
その後、日本の環境が清潔になったことや、胃がんのリスクを下げるためにピロリ菌を積極的に除菌していったことにより、日本人のピロリ菌の感染率は激減し、胃酸の分泌量は正常レベル近くまで戻ってきました。
加えて、食生活の欧米化(高脂肪食)や過食によって、胃酸が非常に活発に分泌される状況になりました。その帰結として、逆流性食道炎が急増してしまったのです。
逆流性食道炎の症状としては、酸っぱい胃液が上がってくる感じ、胸やけ、胸痛、ゲップ、食欲低下などが挙げられます。また、就寝時に病状が悪化しやすいため、胸焼けによって覚醒してしまうなどの睡眠障害を起こすことがあります。
逆流した胃液が喉を経由して気管に入ってしまい、咳や喘息の様な症状、喉の違和感が生じるケースもかなりあることが分かってきました。
これらの症状がある場合、普通は呼吸器内科か耳鼻科を受診して、肺や喉をチェックすることになりますが、そこで明らかな原因が指摘できなかった場合は、逆流性食道炎の可能性を考慮する必要があるのです。
以上のように、逆流性食道炎が引き起こす症状は多岐にわたり、食事や睡眠、呼吸に悪影響を及ぼすので、QOL(Quality of life 生活の質)を落としてしまいます。
逆流性食道炎は食道がんのリスクを上げる
ここでもしかすると、「でも多少調子が悪くてもなんとかなるし、そこまで気にしていない」という方もいるかもしれません。
確かに誰しも膝や腰が痛いとか、肩こりがひどいとか、アレルギーがあるとか、多少の体の不調とは折り合いをつけて日々を過ごしています。ただし、逆流性食道炎に関してはそれらと同列に扱わず、もっと真剣に向き合った方がいいのです。
というのも実は、逆流性食道炎は医療者の間で、非常に問題視されるようになってきています。それはなぜかというと、逆流性食道炎が食道がんのリスクを上げるからです。
ここで、肩すかしと感じた人もいるかもしれません。もちろん、がんのリスクを上げるものは、ほかにもたくさんあります。今までも解説してきた通り、タバコは肺がん、ピロリ菌は胃がん、アルコールは肝臓がんのリスクを上げます。逆流性食道炎が食道がんのリスクを上げると言っても、ことさらに驚くようなことではないかもしれません。
ただし、ここで医療者が問題だと感じているのは、「ピロリ菌の除菌が逆流性食道炎を惹起しやすい」ということが明らかになってきたからです。
ピロリ菌を除菌すれば胃の粘膜が元気になって、胃酸の分泌が今までよりも活発になるので、逆流性食道炎を起こしやすくなる。つまり医療者は、「胃がんのリスクを減らそう」と思って今までピロリ菌を除菌し、その結果、実は「人為的に食道がんのリスクを上げていた」可能性があるのです。
ほかならぬ私自身も医療者の一人であるため、この問題に踏み込むことには多少の戸惑いを感じずにはいられません。しかし、もちろん避けては通れない非常に重要な問題なので、次回詳しく解説いたします。
【参考文献】
逆流性食道炎ガイドライン
Kusano M, et al. Nationwide epidemiological study on gastroesophageal reflux disease and sleep disorders in the Japanese population. J Gastroenterol. 2008;43:833-41.
天野 祐二、他. 本邦におけるBarrett食道癌の疫学―現況と展望― 日本消化器病学会雑誌 2015;2:219-231
Lagergren J, et al. Symptomatic gastroesophageal reflux as a risk factor for esophageal adenocarcinoma. N Engl J Med. 1999;340:825-31.
Iijima K1, et al. Reflux esophagitis triggered after Helicobacter pylori eradication: a noteworthy demerit of eradication therapy among the Japanese? Front Microbiol. 2015;6:566.
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